トムヤムクンは罪の味

 トムヤムクンとやらの置いているお店に、カレーラス子爵とたどり着きました。


 未知の料理に、ウル王女も心を踊らせているようですね。


「おーいこっちこっち」


 ヘルトさんが、席を確保してくれています。というか、お酒でできあがっていますね。


「そのお酒はなんですか?」


 見たことがありません。


「カクテルよ。白ワインがベースなの。パンチが効いて、トムヤムクンに合うの」


 話だけを聞いてくると実に美味しそうです。が、わたしは飲めないので遠慮しましょう。


「へえ。これが、トムヤムクンですか」


 銅鍋が、独特の形ですね。中央に煙突のような長細い穴があります。


 お鍋の中で、香りだけでも辛そうなスープが、グツグツと音を立てていました。


「あとはこの中に、パクチーを入れたらできあがり」


 パクチーというのは、これまたクセの強い香草ですね。パセリより香りがキツイかもです。


「では、いただいても?」

「どうぞどうぞ!」

「いただきます」


 うん。罪深うまい。


「辛くて酸っぱいです」

「そうよ。そういう意味の名前なの」


 語源は、酸っぱくて辛いエビだそうですよ。たしかに、ひときわ目立つ形でエビが丸ごと入っていました。殻をむいたエビの他に、お頭付きが一本浮かんでいます。


 カレーラス子爵は、尾頭付きを取り出して、頭をむきました。そのまま、一息にしゃぶりつきます。


「これよ。これがエールにベストマッチ」


 冷えたエールを、子爵はノドへと流し込みました。


 わたしはお酒を飲みませんが、子爵の表情だけでおいしいと確信します。


おいしいですわ、クリス」


 あなたいつの間に頭を食べているんです、王女?


 わたしも、殻付きを茹でておきます。


 できあがりを待つ間、他の具材も堪能しましょう。


 キノコが実にいい、実に罪深うまい。コリコリした歯ごたえの中に、辛味が紛れ込んできてアクセントになります。


 イカが浮いていますね。これも酸味が凝縮されていて、噛めば噛むほど、味が濃くなっていきます。罪深うまい。


 頭が、茹で上がったようですね。では。


 うーん、罪深うまい!


 頭、最高ですね。皮までバリバリ、いけちゃうんじゃないですかね。そう思えちゃうほど、香ばしいです。揚げ物だったら、全部噛み砕いていましたね。


 シッポまでおいしかったです。これはすばらしい。


「ふたりとも、パクチーは平気? 苦手とかないかしら?」


 子爵がしきりに、わたしたちに尋ねます。よっぽど苦手な人が多いのでしょう。


「未知の味ですが、料理を引き立てている上に自己主張してきますね」


 まったく、味が気になりません。辛味や酸味を中和してくれる、潤滑剤のような役割かなと思いました。


 わたしの中でこの手のミント系は、パセリが最強です。とはいえ、これもこれで、おいしいですね。


「知らないものを食べるって勇気がいるのですが、これは一口食べるとクセになりそうですわ」


 ウル王女も、おおむね好意的な意見のようです。


「シメは、フォーなんだけど」

「フォーというのは?」

「米の麺のことよ」


 おお。お米で作った麺ですか。それは罪深うまそう。


「フォー、入れるわね」


 ヘルトさんが、真っ白い麺をお鍋に投下しました。


 白い麺が、お鍋の中で踊ります。


 神の奇跡です。お米と麺を同時に味わえるなんて。


「いただきます……あははは」


 あーっ。わかっていました。罪深うまいってこと。


 辛さも酸味も、お米の甘さに溶け込んでいます。これが、トムヤムクンのポテンシャルなのですねぇ。たまりません。


「ごちそうさまでした」

「おいしゅうございました」


 帰る時間となりました。わたしたちは、店の外へ失礼いたします。


「今日は楽しかったわ、クリスちゃん。王女サマ。アタシたち、もうちょっと飲んでから帰るから。お代は結構よ」


 ヘルトさんと子爵は、まだまだ話し込むそうで。


 わたしたちは、カロリーネさんの馬車で帰ります。

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