水炊きは、罪の味

 みなさん、お鍋に切った具材を透過しています。

 ですが、お鍋って東洋の料理ですよね?

 どうして。


「なぜ、みんな作り方を知っているのか、って顔をしているわね」


 わたしの思っていた疑問に、とある女性が答えました。肩まではだけさせて着崩した着物が印象的な方です。


「キサラさん!」


 突然現れた人物によって、わたしのナゾは解けました。


「お久しぶりね。シスター・クリス。ウルリーカ王女」

「こちらにいらしていたんですね?」

「ええ。ソナエに食材を提供した後、ちょっと観光しようってなって」


 わたしに用事があったようですが、せっかくだしと教会のみんなに料理を振る舞うことにしたそうです。


「ソナエさんなら、神社で飲んでますよ」

「ありがとう。後で、お邪魔させてもらうわ。これは水炊きなんだけど、食べられそう? キライな味とかはない?」

「ありません」

「ポン酢ってクセがあるわよ?」

「ほう、ポン酢とは?」

「果汁の入ったお酢なの」


 おいしそうですね。


「だけれど、クセが強いの。地元でも食べられない人がいるくらいよ」


 ほええ。とはいえ、チャンレンジする価値はあるでしょう。


「いただきます、ポン酢」

「わかったわ。大根おろしも付けておくわね」


 すりおろした大根が、薬味として追加されます。あとは刻んだおネギと、粉末状にした唐辛子が加わりました。


「一応、ポン酢と、ゴマダレと、しょうゆのおダシと、三種類用意したわ。召し上がってちょうだいな」


 煮えたようなので、食べましょうかね。


「では、いただきます」


 最初は、ポン酢という未知の食べ物から。


 白菜をつけて……。


「おおお、罪深うまいっ」


 イメージ通りでした。実にサッパリしています。さっきすき焼きを食べたばかりだからか、あっさり感が尋常ではありません。それなのに、なんなのでしょう、この深みは。


「ウル王女、あなたはどうですか?」

おいしいですわ。レモンティーなどもいただきますから、酸っぱいのは強いんですの。とはいえ、酸味は強烈ですわね。大根おろしが、素晴らしい仕事をなさっています」


 ウル王女の言う通り、すごくポン酢の酸味が強いです。口の中が一瞬のうちに、酸っぱさで全開になりました。なのにイヤじゃない。大根おろしで中和されているからでしょう。ポン酢に鍋のうま味が溶け込んで、これも罪深うまい。


「おお、この鍋は鶏肉をいただくんですね」


 鶏肉も罪深うまいです。牛と違って、歯ごたえがあります。もも肉だからでしょうか。余計にそう感じました。


 おダシでもいただきましょう。鍋のエキスが詰まった茹で汁を、おたまですくっておダシと合わせます。


 ああ、わかりやすいくらいに罪深うまい。このおダシだけでも、何杯でもいけます。


「キノコは、こちらかも知れません」

「ですね。エノキ最高です」


 ポン酢で合わせるのもいいですが、コリコリのエノキはおダシの方が合いました。


「鶏肉に、ゴマダレを合わせてみますわ……なんておいしいんですの?」


 淡白な鶏肉に、独特の濃厚さが合わさりました。白菜と合わせると、温かいサラダを食べている気がします。


「キャベツを具にしても、よかったかもしれません」

「ああ、キャベツ鍋ね。いいわね」


 水炊き全体の感想としては、おうどんがほしくなる味ですね。


 となると、おうどんをいただきましょう。


「ほんとはシメに食べるんだけど、小さい子もいるから一緒に入れたわ」


 お野菜だらけですからね、このお鍋。


「問題ありません。いただきますね」


 おうどんは、おダシで食べましょうか。


「お待ちになって。ポン酢のおうどん、ちょっといいですわよ」

「そうなんですか? どれどれ……え? 罪深うまい」


 酸味とおうどんは、合わないと思っていました。


 ところがなんでしょう、このおいしさは? 


 鍋のうまみがポン酢に溶けたからでしょうか。


「いやあ、堪能しました。ごちそ――」

「まだ、雑炊があるわよ」

「いただきます」

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