お芝居
「選びな、イネス」
初代シスター・クリスを演じるフレンが、若き日のエンシェントの前に二つのアイテムを差し出します。
ひとつは、フォークとスプーンを重ねたような、小さいロザリオでした。わたしが首に下げているものと、同じです。
もう一つは、枯れた一輪の花でした。
これは、冒頭のシーンです。イネスの将来を自分で決めさせるという、重要な場面でした。
エンシェントことイネス役を演じるのは、エルフの少女です。
「ひとつは、うちに代々伝わるフォークとスプーンだ。これを手にすると、あんたはわたしの弟子となる。一生、冒険者だ。世界が平和になるまでずっと、デーモンハンターとして生きる道へ進む」
イネス役の少女は、ロザリオを見つめていました。
「もう一つは、あんたの国に咲いていた花だ。母親との思い出がいっぱい詰まってらぁ。これを選ぶなら、わたしはあんたの首を折る」
エルフの少女が、ハッとした顔になります。
「おっかさんがいるあの世へ、わたしが送ってやるよ」
イネス……エンシェントの故郷は、魔族の襲撃に遭って焼かれたのでした。
その怒りと悲しみが、彼女を強くしたのです。
世界最強のシスターと呼ばれるまでに。
「さあ、選ぶんだイネス。どの道を選んでも、後悔しちゃいけないよ」
泣き顔とも笑顔とも取れない複雑な表情を、フレンが演じました。
イネス役のエルフが、迷わずロザリオを手に取ります。
復讐心からでも、死を恐れたからでもありません。
自分のような人間を、これ以上増やさないためでした。
さあ、わたしのナレーションの出番ですよ。
『こうして、イネスはロザリオを選択して、晴れて彼女はクリスの弟子となるのでした。そして後に、シスター・エンシェントの名を授かるのです』
「はいカットですわ! OK! すばらしいですわ!」
パチパチと、ウル王女が一人で拍手をしています。
他の子たちもつられて、教会内に拍手が鳴り響きました。
「最高ですわ、フレン! あなたにそんな才能があったなんて!」
「お姉さん、ちょっと言い過ぎです」
「とんでもないですわ! ねえ、クリス!」
わたしに、王女が話題を振ってきます。
「よかったと思います。わたしは先代がどんな人か知りませんが、わたしではあんな迫力は出ないでしょう」
「あなたは食べるか戦う以外は、ちょっとアレですからね」
それは、否定できません。フレンのお芝居を見た後では。
「そんなことないですよ! クリス先輩のほうがキレイですし、役としてはピッタリかと。どうしてナレーションとか」
「体術を使うシーンで、差し替え担当になるからですよ」
一応、わたしは「フレンのスタントウーマン」という重要な役をもらっています。
背格好も、フレンとちょうどいいくらいですから。
胸は、彼女のほうがありますけど……。
「では、そのアクションシーンをやりましょう。クリスさん」
「はーい」
中庭には、悪党役の女性騎士さんたちがスタンバイしています。
みんな、わたしが演習で武術指南した相手ですね。
ハシオさんも、混じっています。
武器を所持した相手に、わたしが木製のおタマだけで撃退するというシーンでした。緊張感をもたせつつ、コミカルにさばくというお約束がありました。こんなのができるのは、やはりわたしくらいでしょうね。
肉親といえど、わたしが初代から引き継いだのは戦闘能力と無限の胃袋くらいでしょう。
両親はわたしを「初代以来の戦闘マシーン」とおっしゃってくれましたが。
エンシェントに勝てない人間が、初代より強いなんてありえません。
まして今は平和な時代。過ぎた戦力は宝の持ち腐れでしょう。
平和にゴハンを食べるのが一番です。
わたしの力なんて、振るわれないで正解というもの。
全員を撃退した後、わたしはマイクを掴みます。
『海賊をやっつけたクリス一行は、無事にお魚を大陸へ届けたのでした』
息を乱さずナレーションもできるという体力も、王女に買われたのでした。
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