クリスの食育

「サジーナさん、好き嫌いはいけません、とは言いません。ただ、なんでも食べておくというのは、それでメリットではあります」


 サジーナさんに説明をしながら、わたしはプチトマトを食べます。


 ああ、罪深うまい。


 しかしお野菜ですから、あまり罪の意識を感じません。

 この新鮮さこそ罪とも言えますが、お野菜に罪はありません。


「そーなの? よくわかんない」

「野菜を食べるというのは、カロリーを食べないでお腹が膨れるということです。『実質カロリーゼロ』という計算になるのですよ」

「ちょっとなにをいっているのか、わかんない」


 わたしの理論は、サジーナさんには少々難しかったようです。


「いろんなものを食べられるというのは、アレルギーでもない限り、有利ですよ。どれもおいしく感じられます」

「ふーん」


 食卓に、ピラフが並びました。これが、お昼食ですか。見事な。


「ピーマンも?」


 ピラフのピーマンを、サジーナさんはよけています。

 こんなに小さく切っても、どけてしまうのですね。もったいない。


「はい。ピーマンはピーマンで、お肉と一緒に食べると油っぽさがピーマンに染み込んでより旨味が際立ちます。それにより、罪の意識を軽くしてくれるのです」


 言いながらわたしは、ピーマンどっさりのピラフを口に入れます。


「うっはああ。罪深うまい!」

「そんなにおいしいの? すっごい苦いのに」

「先程申しましたが、この苦味は、お肉と一緒に食べちゃえばいいのです。そうすれば、より香ばしさが際立ちますよ」


 恐る恐る、サジーナさんがピーマンとピラフをパクっと食べます。


「うん。食べられなくはない」

「よかったです」


 少しずつ慣れていけば、おいしく食べられるようになるでしょう。


「でも、ニンジンもきらーい」

「これはこれは。ニンジンほど、罪の旨味を存分に引き出す食材はありません」

「そうなの!? ニンジンも苦いよ?」

「なにをおっしゃいます。ピラフのニンジンは、むしろご褒美ですよ」


 サジーナさんが、驚愕の表情を見せました。


「人がニンジンを微妙だと感じるのは、『グラッセ』という調理法のせいでしょう」


 グラッセは案外、クセが強いです。ゴロゴロして、子どもには少々お辛いのですよ。わたしは、普通においしいから幼少期でも食べていましたが。


 他に、アスパラやスイートコーン、ホウレンソウなども同じですね。いきなりゴロッと出されると、子どもは構えてしまうでしょう。


 大人にとっては、苦味はおいしいもの。子どもからすると、「毒だ」と誤認してしまうのです。


「調理法次第で、お野菜は甘みを増します。細かく切ったお野菜は、おいしいですよ」


 わたしは、サジーナさん眼の前で野菜を食べてみせました。


 うんうん、罪深うまい。調理法も見事ですね。


 サジーナさんが、思い切ってスプーンに野菜を集めます。そのまま口の中へ。


「ウソ……おいしい」

「よかったですね。食べられるものが増えましたよ」

「わーい」


 サジーナさんはうれしそうに、ピラフをガツガツ食べます。


「いいですね。サジーナさんは、グリーンピースは食べられるんですね?」

「うん。スキ」

「そうですか」


 わたしは、隣りにいるハシオさんを見ました。


「オイラも、人のこと言えないっすねぇ。アハハ」


 ハシオさんのピラフは、グリーンピースがビッシリ残っています。


「それにしてもすごいっすね。サジーナの野菜ギライを、克服させてしまうなんて」

「体に良いから食べなさい、と強調しては、子どもは食べませんから」


 子どもには、「野菜はおいしいものだ」と認識させればいいのです。おいしいものなら、子どもは勝手に摂取するんですよ。


「さすが、子どもと接する機会も多いシスターっす」

「いえいえ。我が師、シスター・エンシェントの受け売りです」


 ハシオさんは、サジーナさんを見ます。


 サジーナさんはさっきまでの偏食ぶりがウソのように、モリモリ食べていました。


「でも、食べっぷりを見ていると、姐さんがうまそうに食ってるからなんでしょうね」

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