サジーナ・ジャンドナート

 今日のわたしはお昼以降、用事がありません。ここはひとつ、ハシオさんの様子を見に行きましょうかね?


 ハシオさんを尋ねて、ジャンドナート侯爵家へ。ウル王女のお屋敷と遜色ないほどの、立派な建物です。


「あの、ハシオさんを」

「これはこれは、クレイマー様。こちらへ」


 使用人さんに声をかけて、お屋敷へ通してもらいました。


 メイドさんがわたしを、庭まで案内してくださいます。


「ああ。クリス姐さん。こっちっすよ」


 そこには、服にめちゃくちゃラクガキされたハシオさんが。あらあら、キリッとしたパンツスーツが台無しです。

 負けた数でしょうか、顔にスラッシュが書かれていますね。

 なんだか、背徳的です。


 隣では、ピンクのドレスを着た幼いレディが、クレヨンを持ちながらゲラゲラ笑っていました。おっさんみたいな笑い方ですね。


「こちらが、ミュラーさんの言っていた?」

「ミュラーパイセンから話を聞いて、来てくれたんすね? だったら、話が早いっす。こちらがオイラの姪で、サジーナ・ジャンドナートっす」


 お父上の弟さんのお嬢さんだそうで。


「ほらサジーナ、ごあいさつするっす」

「サジーナですっ。一緒に遊びましょっ!」


 ハシオさんに促されて、あいさつをしてきました。


「クリスです。よろしく。今日は、何をして遊んでいたんですか?」

「フェンシングですっ」


 サーベルの代わりにして、服にクレヨンを塗られたら負けというルールのようでした。


 ハシオさんはラクガキまみれでしたが、サジーナさんはどこも汚れていません。ハシオさんが忖度そんたくしていたのでしょう。


「ハシオ、もう一回しょーぶしよっ」


 短くなったクレヨンを、サジーナさんが構えます。


「はい。やるっすよ。せーの」


 直線的に刺しにかかったハシオさんの腕を、サジーナさんの小さい腕がすり抜けていきます。


 脇腹に、サジーナさんのクレヨンが茶色い線を描きます。


「ハシオの負けー」


 サジーナさんが、ハシオさんのほっぺにスラッシュを書きました。やはり負けた数のようです。


「参ったっす」


 まだ勝負をしたそうでしたが、サジーナさんのお腹が鳴り出します。


「お昼にするっす」


 ちゃんと手を洗って、昼食となりました。


 そういえば、わたしも何も食べていません。


「姐さん、お昼まだっすよね? せっかく来てくれたんすから、食べていってくださいっすよ」

「いいんですか? ありがとうございます」


 食前のサラダを、出してもらいました。


「ああ。罪深うまい」


 トマトもレタスも、実に新鮮ですね。


 お野菜は教会でも出るのですが、多少シナシナになっています。


 生でここまでおいしいのは、やはり貴族様や王族様の口に入っていくのですね。


「こうやって、いつも遊んで差し上げているんですか?」

「遊び目的ではないんすよ。オイラがサジーナの親から頼まれたのは、家庭教師なんすよ」


 前任の家庭教師さんが、サジーナさんのおてんばぶりからやめてしまったそうで。騎士をやっているハシオさんなら、お嬢さんをおとなしくできるのではないかと期待したらしいですね。


「でも、教育方法なんてわかんなかったっす。だから、オヤジとやっていたクレヨンフェンシングで遊びながら勉強してもらったっす」

「なるほど」

「筋がよくて、驚いたっす。もっとも、おてんばに拍車がかかっただけみたいっすけど」


 エヘヘ、とハシオさんは笑います。


「でも、本能を抑え込むのも、病気に繋がりますし」


 伸び伸び育てるのがいいでしょう。物事の分別は、その過程で知ればいいことですから。


「それにしても、お見事ですね。太刀筋が完璧じゃないですか」

「末恐ろしいっすよ。ほめて伸ばすことにするっす」


 わたしが出る幕は、なさそうですが。


「トマトきらいー」


 フォークにプチトマトをぶっ刺し、サジーナさんはハシオさんのボウルに移そうとしています。


 では、わたしは「食育」と参りましょう。

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