根深汁は、罪の味

 哀れ、殴られたアカツキさんはそのまま川へダイブしてしまいました。


「アカツキ!」


 キサラさんが、衣装を脱ぎ捨てようとします。アカツキさんを助けに行くつもりなんでしょう。


「いけません! あなたはそこへ!」


 わたしは修道服を脱ぎ捨て、冒険者の衣装へと変わります。そのまま川へ飛び込みました。


 ここでキサラさんまで飛び込んでしまったら、キサラさんまで溺れかねません。


 従者の方もわかっているのか、姫であるキサラさんを抑えます。


「あいつに任せるんだ」


 ソナエさんも、キサラさんの前に出ました。


 幸い川は流れが緩く、わたしはすぐにアカツキさんを引き上げます。


 ソナエさんが、火炎の魔法でアカツキさんを温めました。


 その様子を、キサラさんがずっと見つめています。


 アカツキさんは、一応呼吸をしていますね。川の水を飲んではいないようです。


「どうして……あーあ、なるほど」


 野次馬が見ているのは、キサラさんでした。着ている服が、ボロボロになっています。モデルの如き細い体が、あらわになっていました。


「お召し物がはだけていく着物の女性と、ジャージの女性が戦っていると報告がありまして、姫様のことだと」

「なぜ、そう思われたので?」


 キサラさんの服に起きた現象は、何事でしょう? ソナエさんの戦闘で、キサラさんはダメージを負わないはず。たしか、式が肩代わりしているのですよね?


「姫様の術式用装束は、ダメージを受けると破れてしまう性質がありまして」


 それで、野次馬が集まっていたのですね? よく見ると、野次馬は男性ばかりでした。


「アカツキ殿も、察したようでして」

「お姫様との結婚には、あまり乗り気ではなかったのに?」

「それは、婿ですと女性の方が上の立場になりますから。武士としては、お嫌だったのでしょう」

「しかし、やはり幼なじみですな。大事な人が大変な目に遭っているときは、やはり」


 キサラさんの方を見ます。


 アカツキさんに膝枕をしてあげながら、ずっと看病しているようですね。


 しばらくして、アカツキさんのお母様もお見えになりました。我々に礼をした後、未だ目を回している我が子をひょいと担ぎます。


「キサラ殿、我がバカ息子の面倒を、ありがとうございます」

「いいえ。おばさま。妻として、当然のことをしたまで」

「では、息子をもらっていただけますか?」

「ええ。今の出来事で、彼の本心が聞けました。さあさあ」


 アカツキさんを、キサラさんは引き受けました。


「ではソナエ、シスタークリス、あちきは国へ帰るわ。お酒は後日送って差し上げるから、待っててね」

「楽しみにしているよ」


 わたしたちは、去りゆくキサラさんたちを見送ります。


「悪いな。しんどい役に回ってもらって」

「今度、埋め合わせをしてくださいね」

 


 数日後、わたしはソナエさんの家にお泊りしました。

 朝食を作ってくださるとのことで。


「ほら。これが根深汁だ」


 本当に、具材がネギだけなのですねぇ。

「例のアカツキのおふくろさんに、作り方は教わったんだよ」


 お味噌もお米も、アカツキさんのお家が「迷惑料」としてくださったそうです。


「喜んで、いただきますわ」


 わたしの隣には、ウル王女もいました。


「なんであんたまでいるんだ?」

「あら? キサラ様の護衛ですわ。この土地で自由に振る舞えるよう、目を光らせておりました」


 それでキサラさんは、安全だったのですね。


「では三人揃ったところで、食おう。あたしもいただきますっと」


 三人で、いただきます。


 なんと、罪深うまい。


 お味噌汁とゴハンだけの簡素な朝食、しかも具材はネギだけです。それなのに、なんという奥深い。これこそが、東洋の味わいなのですね。


「アカツキは、国に帰るそうだ。おとなしく、婿になるってさ」


 それは結構なことです。


「久々に顔を見たら、憑き物が落ちたみたいになっていたよ。あたしにしつこくする様子もなくなった」

「殴られて、すっかり怯えてしまったのではありませんこと?」

「よろしい。あんたにも、一発お見舞いしてやろう」


 ソナエさんとウル王女がやり合いそうになるのを、わたしはなだめます。


 今は、朝食を楽しみましょう。

 

(味噌汁編 完)

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