あなたと、ハッシュドビーフを

 この料理の名前は、ハッシュドビーフに決まりました。


「『刻んだ肉』って意味よね、伯爵?」

「うん。ちょうどいいかなって」


 切った肉を入れていますよ、と紹介することで、そういう料理であると説得力が生まれました。伯爵はすごいですね。


「お店に出すならもっと改良が必要だけど、間違いなく売ることができるよ。ありがとう、シスター・クリス」

「いえいえ。お役に立てたなら幸いです」


 ただ、ネタ元にお伺いを立てたほうがいいかもしれませんね。



 数日後、ハッシュドビーフは店の看板メニューとなりました。

 料理はお客さんに、非常に好評です。「リーズナブルなのに高級感がある」と、ハッシュドビーフ目当てに長蛇の列ができるほどに。


 ホームレスさんたちへの炊き出しとして、我々も牛より安い豚コマ肉で同じようなシチューライスを作って提供しています。大好評で、お鍋が四回も空になりました。


 そんなあるとき、オタカフェに謎の女性客が。顔をマスカレードでおおい、辺りをキョロキョロしています。


「余計に目立つと思いますが?」


 わたしは、彼女の護衛として連れてこられました。


「よいのですわ。これも視察のため」


 シスター・フレンのお姉さんであり、王女のウルリーカさんです。


「フレンはいませんわね?」

「呼んでいませんから」

「では、いただきますわ」


 王女とふたりで、ハッシュドビーフを食べます。


「おおおお、罪深うまい!」


 わたしが作ったものより、マイルドになっていました。

 これは最高ですよ。お肉のジューシーさも、より際立っています。プロが作ると、素人料理もこうなるんですね。


おいしいですわ!」


 ウル王女も、ハッシュドビーフの味に大満足の様子です。


「酸味を強めにして、よりライスと合わせるのですか。なるほど。ライスが甘くなるりゆうはこれなんですわね?」


 口の中で起きる味の変化を、ウル王女は心底楽しんでいました。


「すいません。あなたのお店の味を盗むようなマネを」


 わたしは、王女に頭を下げます。


「これはお店独自のものですわ。あなたは、最初から味を盗みに来たわけではないでしょう?」

「ええ。まあ」

「盗むというのは、何も変えずにそのまんまを作り出すことです。おそらく伯爵も、ちゃんとそこはわきまえていらっしゃいましたわ」


 おっしゃるとおり、お店の独自性を出していました。これには驚きです。


 ウル王女からヒントを得てわたしが作った料理を、見事にアレンジしていました。


「わたくしには、牛の切り落としを使うなんてアイデアは出ませんから。それにあなたでなくても、誰かが参考にわたくしのお店へ来ていたでしょう」

「そう言っていただけると、ありがたいです」


 作った甲斐があった、というものですね。


「フレンが好物だったシチューのライスがけが、このような形で受け入れてもらえるとは」


 大好きな妹を思いながら、ウル王女は感慨にふけっています。


「いつか、再び姉妹で食べられる日がくるといいですね」

「ですわね」


 そこに、珍客が来店してきました。見事な装飾を施された赤い着物を着た、美人さんです。


「ここ、空いています?」


 他にも結構席が空いているのに、その美人さんはわざわざわたしたちに相席しようとしました。


「あなたは、ソナエさんですか!?」


 なんと、謎の美女の正体はソナエさんです。誰だかわからないほど、変装していらっしゃいました。


「おいおいっ。いくらなんでも失礼すぎん?」

「すいません。あなたもハッシュドビーフをいただきに?」

「うんうん。カレーは我が国の国民食だからな。ライバルと言われりゃあ、食べないわけには……ああ、これ厄払ヤバい!」


 ゲラゲラ笑いながら、ソナエさんはハッシュドビーフを口にします。さっきまでの美人さんはどこへ?


 それにしても、ハッシュドビーフ並みの変わりようですね。


「どうしてそんな格好を?」

「逃げてきた」

「何からです?」

「見合いから」


 え~っ!?


(シチューとライス編 完)

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