親としての義務
上映会が終わった後、わたしとウル王女はキャプテンシーハーさんから話を聞くことにしました。
「オレは、アイツの母親を捨てたんだ」
わたしたち以外は誰もいない食堂で、シーハー氏は語りだします。
なんでも、若い頃のシーハーさんはそれはもうモテモテでした。女性に不自由はしなかったそうです。
「その一人が、子どもをこさえたんだ。オレの子だと言っていたが、信用できなかった。娼婦だったからな」
やがて、女性は娘を出産しました。シーハーさんの子だと、言い張っていたとか。
「オレは家庭なんて持ちたくなかった。ガキなんていたら、航海の邪魔になる。オレは、そいつを捨てたんだ」
結局、シーハーさんは女性のもとを去ったといいます。
「その女性は?」
「病気で、死んだってよ」
その後も、母親の娼館で大事に育ててもらったとか。
お芝居の技術は、そこで身についたのでしょうね。
「けどよお、あの女優の顔を見てビックリしてよお。オレが捨てた娼婦そっくりだったんだ。目の色だけ、オレにそっくりで」
シーハーさんは、また鼻をすすりました。
「ポーリーヌさんの目は特殊で、星が入っていますの。ポーリーヌさんが言うには、不思議な目を狙われてさらわれそうになったとか」
王女が話を引き継ぎます。
以前、ポーリーヌさんは王女に身の上を話してくれたそうで。
「自分がいたら、また娼館が狙われる。家にも帰れず、さまよっていたといいましたわ。とき、わたくしのお店を見つけたそうですわ」
で、ウル王女に才能を開花させてもらったというわけですね。
「達者で生きていたんだなってよぉ」
拳を握りしめ、シーハーさんは涙をこらえます。
「王女さま、娘を救ってくれて、ありがとうございます」
深々と、シーハーさんは王女に頭を下げました。
「泣いていいのですよ、あなたは十分、苦しみました」
ウル王女は、優しくシーハーさんに声をかけます。
しかし、シーハーさんは首を振りました。腕で乱暴に目を拭います。
「どうして、涙をこらえる必要があるのです?」
「彼は、娘のために泣く資格すらないと思っているからです」
シーハーさんは、親としての責務を放棄しました。
娘が自分と同じ海賊の道を歩めば、ポーリーヌさんを危険に晒すことになるから。
彼は、自分から身を引くしかありませんでした。
ですが、結果的にシーハーさんの選択は悪手です。
ウル王女がいなければ、ポーリーヌさんはどうなっていたか。
「シーハーさん、あなたは、お嬢さんと会ってはいけません。それは、あなたご自身が一番良くわかっているはずですよね?」
わたしが尋ねると、シーハーさんはうなずきました。
「ちょっとクリスさん!? あなた、なんてことを!」
「では、会わせるのですか? 新進気鋭の女優が、海賊の血を引いているのですよ?」
しかも、ヘンネフェルト王国お抱えの女優です。
これは、大スキャンダルでしょう。ただでさえ、ポーリーヌさんは娼婦の娘なのですから。
「それでも、家族の愛情のほうが大切だと?」
「そ、それは」
ウル王女も、言い返してきません。
「感情面で言えば、一度くらい会ってもいいかなって、わたしも考えました。でも、それではポーリーヌさんの人生が、また彼によって壊されてしまうのです」
それだけは、絶対に避けなければ。
一番その事態を望んでいない人は、目の前にいます。
「あなたにできることは、シーハーさんの救済ではありません。ポーリーヌさんの将来を守ることです」
「では、どうすればシーハーさんは救われるのですの?」
「シーハーさんの救済は、もう済んでいます。それは、わたしの役目ではありません」
王女の問いかけに、わたしは答えました。
「どういう、ことですの?」
わたしは、テーブルに置かれたテープに目を向けます。
「だって、スクリーンを見ていれば、また会えるのですから」
お嬢さんの晴れ姿が、なによりの救済なのですから。
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