自伝映画

『お待ちなさい!』


 食い逃げしようとしたポーリーヌさんを、ウル王女が呼び止めました。なんと、本人出演です。どおりで、セリフが棒読みなはずでした。


「いくらなんでも、これは職権乱用でしょう!」

「よいのですわ。刑務所だけで流す特別映画ですもの」


 小声で叱責するも、ウル王女本人は涼しい顔をします。


 画面では、ポーリーヌさんが食い逃げ犯として捕らえられました。


 ポーリーヌさんを殴ろうとした警備員を、王女は手で制します。


『わたしは、処刑でしょうか?』


 うつむきながら、ポーリーヌさんは覚悟を決めます。


『ええ。そうなるでしょう。ただ、その身を預からせていただけませんこと?』


 セリフがヘタですね。映画に集中できません


『どういう意味ですか?』


 顔を上げて、ポーリーヌさんが王女に聞き返しました。


『あなた、こちらで働きませんこと?』

『しかし、私は』

『わたくしが許可いたします。このカフェで働きなさい』


 それから、ポーリーヌさんはウル王女の元で店員を務めることになります。


 その働きぶりを称賛しました。なにより、彼女の笑顔に惚れています。


『あなた、女優になりなさいな』

『私が、ですか?』

『そうです。あなたには、光るものがあります』


 王女には、演技力なんてありませんけどね。


『この度わたくし、映画館を運営することに致しましたの。貴族が見るような教養的映画ではなく、平民も楽しめる娯楽中心の映画を上映いたしますのよ。その作品に、あなたもお出になってほしいのですわ』


 どうやら王女は、以前からポーリーヌさんに目星をつけていたようです。食い逃げ犯でありながら、類まれな美貌と演技の幅があると。


『私なんかに、務まるのでしょうか?』

『できるかどうかなんて問うてません。しなさいと言っているのです』


 言葉だけ聞くと、ブラック企業そのものです。


 しかし、ウル王女なりに彼女を案じているのはわかりました。棒な演技からは、そんな細かい心理描写なんて微塵も伝わってきませんけれど。


『しかし、演技をしている間、お金が』 

『それは困りましたね。あなた、お名前は』

『……ポーラ』

『わかりました。カロリーネ!』


 王女が手を叩くと、侍女のカロリーネさんが隣に現れました。


『たしか、レイモンド伯爵ご夫妻は、お嬢様を病で亡くされたと』


 産後すぐに、この世を去ったそうです。


『はっ。レイモンド様方は、悲しみに暮れておりました。生きていれば、ちょうどこちらのポーラ殿と同じくらいの年齢かと』


 ウル王女は、うなずきました。 


『では、ポーラ。あなたは今日からポーリーヌ・レイモンドと名を変えなさい』

『え?』

『レイモンドご夫妻の、お世話になるのです。わたくしが紹介状を書いておきます。あなたは安心して、ご夫妻の元で暮らしなさい』

『……わかりました』


 手続きは終了し、晴れてポーリーヌさんは伯爵夫妻の養女となります。


『はやく、一人前におなりなさいな』


 こうして、ポーリーヌさんは女優としての道を歩み始めたのでした。


 会場からは、割れんばかりの拍手が送られます。


「ポーリーヌさんって、もと順風満帆な人生なのだと思っていました」

「あの美貌でしたら、あのままいけば娼館行き待ったなしだったでしょう。彼女だってそれはわかっていたはず。ですから、手を付けたのですわ」


 ウル王女は、ポーリーヌさんの過去を一切聞きませんでした。しかし、親に売られそうになって逃げたことを、話してくれたそうです。


「それでわたくしは、彼女を日の当たる場所へ引っ張り上げたのですわ」


 大物女優にしてしまえば、卑劣な親だってうかつには手出しできないだろうと。 


「自分の子どもを売り渡すような親なんて、親と呼べません。産んでくれた恩はあれど、線は引くべきです」


 ウル王女は、断言しました。


 そのときです。一人の男性のすすり泣く声が。


「あ、あなたはポーラさんの……」

「お知り合いですか?」

「ポーリーヌさんの父親ですわ」


 キャプテン・シーハーさんがですか!?

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