汝に、罪なし
女将役のジャネットさんは、首を振ります。
「あなたがシスターなのは、存じ上げております。ですが、慰めなど不要です。私はただの罪人。どんな罰も覚悟の上です。シスターのお言葉はありがたいですが」
「いいえ。これはわたしからの言葉ではありません。ポーリーヌさんの言葉ですよ」
「なんですって!?」
「彼女は、『あなたからなんの被害も受けていません』とおしゃっています」
ポーリーヌさんが、ご自身でジャネットさんを咎めないとおっしゃいました。その上で、わたしにどうするかの判断を委ねたのです。
「ウソです! そんなのデタラメよ」
観念しているのか、ジャネットさんは頑なに自身の罪を認めていました。罰を待っているかのように。
「ケガをしたこともないし、さっきカニの殻をこぼしたときだって、あなたはさりげなくポーリーヌさんに熱湯がかからないように配慮なさったではありませんか」
「それは……っ!」
ジャネットさんは言い返しません。
「では、なんの問題もありません」
「しかし、嫉妬は業の深い罪では……」
「たしかに、そう解釈されることもあるでしょう。ですが、嫉妬なんて感情は誰にでもあります。度が過ぎると、相手を傷つけてしまうことだって少なくありません。ですが、あなたは良心の呵責に苛まれていた」
世の中には、理不尽に相手をいじめることになんのためらいもない人だっているのです。
わたしの後輩であり王女の妹でもある、シスター・フレンもその一人で。
彼女は貴族からひどい目に遭わされました。
それで心を痛め、我が教会に助けを求めたのです。
しかし、ジャネットさんは別でした。
彼女は嫉妬心はありつつ、その度合いはささいなものです。
ご自身でも、思い悩むほどに。
「なので、我々はあなたを責めないことにしました」
「そうそう。これ以上あんたを攻撃してもさ、世界のクッタノに泥を塗るだけなのさ。だから、あたしらは見ないことにした」
ソナエさんも、わたしと同意見のようでした。
「ありがとう。けど、どのみちスキャンダルよ。こんなことが知られたら、私はもう活動できない」
ジャネットさんの心は変わりません。
「そいつは困る」といったのは、監督さんでした。
「この映画には、あんたが絶対に必要だ。最後まで、撮影に付き合ってもらうよ」
「しかし!」
「だってさ、次の映画の主役があんたになるかどうか、この作品で決めるんだからさ」
ウインクをしながら、監督はカメラに指示を出します。
「監督、ありがとうございます!」
一瞬顔を崩しかけましたが、ジャネットさんは涙をこらえました。
さすが大女優です。本番が始まることを、すぐに察知しました。
これで、一安心ですかね。
撮影が再開されます。
例のストーカーまがいの役者さんも、依頼されただけということでお咎めなしになりました。
「ありがとうございました。クリスさん。あなたなら、この問題を収めてくださると思っていましたわ」
ウル王女が、感謝の言葉をくれます。
「いえいえ。わたしにできることといえば、こういうことしかありませんから」
「あなたがたに頼んで、正解でしたわ」
「最高の料理をいただいたのです。それなりの仕事はできたでしょうか?」
「ええ。この上ないお仕事ぶりでした。ささ、ポーリーヌさんの演技が始まりますわよ!」
大興奮の状態で、ウル王女がポーリーヌさんに見入ります。
「きゃああああ! ポーリーヌさんのセリフ部分ですわ! ここは仲居の少女が女将との秘密を知って、自身のあり方に困惑する場面ですわ! そんな複雑なシーンを、配膳するだけで表現できてしまうなんて! もう神! 神すぎて目が離せませんわ!」
遠くで見守っているだけなのに、やたら饒舌に王女は語りました。
「おいそこうるせえ! 誰かその女をつまみ出せ!」
「はいはいただいま。では行きますよ王女」
わたしたちは、温泉へ直行します。
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