カニ雑炊で、罪の深淵を覗く

 女将役の女優さんが、わたしたちに問いかけてきました。


「先に殻を火で炙っておく方法もあります。香ばしさは強くなりますが、カニ本来の旨味が飛んでしまいますので」

「なるほど。いいよ、このままで頼む」


 女将が告げると、ソナエさんがうなずきました。

 ここは女将に任せることにしたようです。


 わたしたちが食べたカニの殻を、女将が水を張ったお鍋の中へ。

 そのまま、ガスを通したコンロで茹でます。

 目の前で茹でてくれるなんて、いいですね。


「いい香りがしてきましたよ」

「興奮するよなぁ」


 ソナエさんとともに、できあがりを待ちわびます。


 しばらくすると、カニのエキスがお鍋の中で熟成されていきました。

 色が出てきましたよ。


「これで、うどんもイケるんだよ」

「その手がありましたか。そちらもお楽しみとして覚えておきます」


 次の機会があれば、ぜひお試ししたく。


 ダシを取った殻を、女将とポーリーヌさんがすくっていきました。

 これも演技シーンだそうです。


 女将が箸で挟んでいた殻がぶつかって、ポーリーヌさんの持っていた殻がお鍋にダイブしてしまいました。


「おっと」


 お湯が跳ねてきます。わたしはサッとかわしました。


「あ、危ないでしょ!? お客様にかかったらどうなさるおつもりだったの?」


 ハプニングを、アドリブで乗り切るおつもりでしょうか?

 女将役の女優さんが、ポーリーヌさんを攻め立てます。


「申し訳ありません!」


 三指をつき、ポーリーヌさんがわたしにお詫びしてきました。


「お気になさらず」


 小声で、わたしは頭を下げ返します。


 しかし、今の動きですが……。


 最後にライスと生卵を入れます。


 おしょうゆで味を整えて、雑炊が完成しました。


「いただくよ……こいつは、厄払ヤバい!」


 先に、ソナエさんが大興奮します。


 続いて、わたしもいただきましょう。


「では、いただきますね……うーん! 最高に罪深うまいィ!」


 声が裏返りました。


「ととのっています! ノドも舌も!」


 ああ、まだこんな隠し味を残していましたか。なんとまあ。


 女将がすくった雑炊の量は、ほんの少しです。

 なのに、味がとても濃い。

 さっき食べた身とはまるで違う味わいが、舌からノドをカニ歩きしていきました。


「あったまりますね」

「カニの温泉を食ってるみたいだ」


 外の湯けむりを眺めながら、ソナエさんが感想を述べます。


「いい表現ですね」


 温泉に使ったカニのエキスを、直に頂いている気がしますね。

 これはすばらしい。


 とんでもない料理と巡り会いましたね。


「あ、しまった」


 思わずと言った様子で、ソナエさんが口を手で覆います。


 そうでした。喋っちゃダメだったんでしたね。


 めっちゃ感想戦になってしまいました。


 非礼をわびて、黙礼します。


「撮り直しでしょうか?」


 小声で、監督に聞きました。


 監督は首を振ります。

 OKサインを指で作って、我々を落ち着かせてくれました。


 その後、演技の方は順調に進みます。


 我々はエキストラに徹し、カメラを意識しないように雑炊を食べ続けました。


 途中、ちょっとしたハプニングもありましたが、何事もなくてよかったです。


 休憩に入ったので、我々はストーカー被害について話し合いました。


「それにしてもさ、妙だよな」

「と、いいますと?」

「熱狂的なファンの仕業にしては、手口がヌルい。しかし、効果的だ」

「そうですよね」


 つけまわすまでは、彼女が怖がるだけです。

 手紙に関しても、簡素なんですよねぇ。


「なんだか、愛情が見られません」


 この手の犯行には、歪んだ愛ゆえの葛藤などが見られるはず。

 ポーリーヌさんの話からは、歪さがありません。

 さっぱりしすぎています。


「そこだよ。あたしが言いたかったのは。つまり……」

「はい。ストーカーに見せかけた嫌がらせなのではないかと」


 そこまで言いかけて、突然旅館が騒がしくなりました。


「みなさま、そこを動かないでくださいまし!」


 現れたのは、ウル王女です。

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