かに……つみ……

 監督たちの案内で、わたしたちはお座敷に通されます。

 わたしとソナエさんは、頭巾で顔を隠していました。

 目の前には、お皿に山と積まれたカニざんまいが。


「どういったシーンなんでしょう?」

「食の詩人が、温泉宿の料理を食レポする場面です。大量にカニを食べて、感想を言うという内容ですね。いい詩が出てこないってんで、イメージが湧くまでカニを食い続けます」


 随分と、食い意地の張った詩人ですね。


「誰かさんみたいだな」

「うーん、思いつきませんね」

「お、おう」


 ソナエさんが、わたしをカワイそうな人を見るような目で見ていました。


 なんなんでしょう?


「ただ、大食いの役者さんが足止め食らっちゃって、吹き替え役としてお願いしたく」


 基本は、食べているだけでいいそうです。

 むしろ「しゃべるな」とのこと。

 あとで、キャストさんに吹き替えて編集なさるそうなので。


「承知しました」


 顔が見えなければ、OKですよ。


「ごめんね。大したおもてなしはできないけど、このカニはタダで食べていいから」

「ありがとうございます」


 わたしにとっては、食べさせてもらうことが何よりの報酬です。


「そのかわりさ、NGは極力なしの方向で頼むよ。予算なくてさ」

「お安い御用です」


 それはそうと、もうひとりの方は……。


「ソナエさんまで、よかったんですか?」

「カニが食えるんだろ? やるやる」


 ま、この人も食べる方ですからいいでしょう。 


「では、本番行きます」


 カチンコが鳴りました。


 わたしたちは、カニの足をいただきます。


 足の根本に、切れ目が入っていますね。ここから剥けばいいそうで。


 カニさんのおみ足を、ズズズッと。


 キレイな身が、出てきましたよ。


 まずはこれを、素の状態で。


 おお、罪深うまい。


 あっさりしていそうな見た目なのに、この味の濃さ。

 なのに、いくらでも入っちゃいそうな。

 おしょう油なんて、いりません。

 気がつけば、右半身を全部平らげていました。


 これはいけません。爪もいただきましょう。


 ばつぐんに、罪深うまい。


 わたしはすっかり、カニの味に酔いしれています。

 こんな味なんですね。


 半分が終わった段階で、カニミソもいただきましょう。

 うわ、おツユがすごいです。これごとカニミソを。


 あらあ、罪深うんまい。


 なんということでしょう。実に、信じられないおいしさです。

 雅、とはこういう食べ物をいうのでしょう。


 カニさんを解体して食べるという、実に背徳感あふれる行為。

 なのに、まったく手が止まりません。 


 ソナエさんが楽しみにしていたのが、わかります。

 お顔が厄払ヤバいと言っていました。

 引き笑いが、止まりません。

 お猪口でお酒を飲みつつ、クスクスと笑いっぱなしで。


 二杯目をいただいても、我々は手を止めません。

 カニの足をむさぼり、オミソをすすります。

 もはや「カニを食べる、からくりマシン」と化してしまいました。


 ソナエさんに至っては、胴体の殻にお酒まで注いでいます。

 お酒飲みにとって、さぞおいしいのでしょうね。


 わたしもソナエさんも、会話を一切しません。

 言葉を発しないでほしいと言われたこともありますが。

 アイコンタクトだけで、おいしさを伝えます。


「カニを食べると無口になるわよ」と、シスター・エマも言っていましたっけ。


 我々二人は、いつしか集中し過ぎて「ゾーン」に入っていました。

「カニゾーン」ですよ。



 かに……つみ……。



「キレイに食いやがるな……」


 監督が、小さくつぶやいたのが聞こえました。

 いい絵が取れるという確信めいた顔になっています。


 お皿に三杯も乗っていたカニを、わたしたちは食べ尽くしました。


「ごちそうさまです」と、わたしたちは手を合わせます。


 ですが、女将役の女優さんがうれしいことを言いました。


「まだ雑炊がございます」


 それは「この上、さらに罪を重ねてもいいのだ」という解釈でいいのですね?

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