映画撮影、開始

 現場の温泉宿に、到着しました。


 サングラスをかけたおじさんが、玄関に設置してある小さな椅子にふんぞり返っていますね。

 彼が監督さんでしょう。

 監督さんはわたしたちを見つけると、椅子から立ち上がります。


「どーもどーも。あんたらが護衛の方たちね? よろしくお願いねー」

「よろしくおねがいします」


 サングラスの監督さんと、あいさつをしました。


「ポーリーヌちゃん、今日は緊張しなくていいから」

「はい。ミスのないようにがんばります!」

「いいのいいの、ミスなんて。完成されすぎた演技なんて興味ねえの、ボクチャンは。自然体でいいからさ。ミスられて苦しいのは、スタッフだけっしょ。まあ、楽しもう!」


 態度はエラそうですが、口調はそれほどでもありません。

 一応、こちらにも気を使っているようですね。


「ありがとうございます!」


 緊張がほぐれたのか、ポーリーヌさんの声もハキハキし始めました。


「お見事ですね、監督さん。あれ、ソナエさん」


 ソナエさんを見ると、手を合わせているではないですか。


 あの監督さん、何者なのでしょう?


「さ、撮影行きますか」

「はいっ」


 スタッフさん全員に、ポーリーヌさんは頭を下げ続けます。


 撮影が始まりました。


「どんな内容なんです?」


 小声で、ソナエさんに問いかけます。


「……あんた『クッタノ映画』って、見たことないの?」

「基本アニメしかチェックしませんので」


 呆れた様子で、ソナエさんが頭を抱えました。


「あの人は世界的権威『タクサ・クッタノ』だよ! 我が東洋で、随一の映画監督だぜ? 東洋人で唯一、『金ミノタウロス賞』取ったんだからな!」

「なんですか、その賞は?」

「映画界でもっとも威厳のある賞だよ」


 世界中が感動した作品に、送られる賞らしいです。


「そうなんですね。で、代表作は?」

「『ソバガキ』……だったっけな?」


 ソナエさんも、記憶が曖昧なようで。


「あなたも知らないんじゃないですか」

「まあまあ、見ていればわかるって」


 黙ってろ、と、ソナエさんは口に指を当てました。


 内容は、仲居見習いの少女が、立派な女将へと成長していくお話です。

 少女は実は、女将とライバルホテルのオーナーとの間にできた隠し子でした。

 事情を知りつつも、女将は彼女をえこひいきしません。

 女将は少女を厳しく育てます。


 ライバルオーナーの妻である女社長も、少女を引き抜こうと策略するのでした。

 自分が子どもを産めない身体だから……。


「面白そうですね」

「だろ? こういったエンタメ作品とかは、あんまり撮らない監督なんだけどな」


 ポーリーヌさんが薄幸少女役にピッタリだそうで、シナリオが変わったのでした。

 

 今日は、そのシゴキのシーンです。


「私は、止まると死んじゃうマグロです! 女将、どうか私を徹底的に鍛えてください!」

「お客様にたてつく仲居がどこにいますか!? いくら鍛えたところで、私はあなたを認めないわよ! 実家にお帰りなさい!」


 白熱のシーンですね。

 本当に、この旅館で起きた事件のように思えました。


「はいオッケーッ! 次、食事シーンねー」


 次は、お座敷でのシーンだそうで。


「監督、大変です!」


 突然、ADさんらしき人が走ってきます。


「どうした?」

「役者さんの乗った電車が、雪で止まってしまって!」

「なにい!?」


 そういえば、雪が降り積もっているではありませんか。


「どういったシーンなんです?」


 わたしは、ADさんに問いかけました。


「めちゃくちゃ食う女性客を、主人公の少女が華麗にさばくシーンなんです。大食い自慢の人を雇ったんですけど……」


 汽車が立ち往生している、と。


「二人ともダメなのか?」

「はい。連絡もつかなくて」


 悩んでいた監督は、突然メガホンをヒザでポンと叩きます。


「ちょうどいいや、あんたらやらんか?」


 監督が、メガホンでわたしたちを差しました。

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