官僚とマフィアの親玉のケンカ

「よくわかってるじゃないか」と、魔王は、フンと鼻を鳴らします。


「ドローレスの言いたいことは、だいたいわかりますよ」

「……どこでわかった?」

「ドラゴンを手なづけられる人間なんて、ココ数年では聞いたことがありません」


 信頼関係があるなら、隷属魔法など唱えないでしょう。


 かといって、命令を下すなんて、相手がよほど弱っているか、同じ野心を掲げているかくらいしか。


「ならば、ドラゴンよりもっと強い存在が仕掛けたと思うのが道理」

「正解だ。さすが、我が弟子一号だな」

「わたしの師は、エンシェント一人だけです」


 それでも魔王は、得意げに手を叩きました。すぐ、我に返ります。


「あんたに倒してもらいたいのは、ルーク・オールドマン侯爵ってヤロウだ。魔族内での地位は、あたしと同じ魔王だよ」


 魔王ドローレス・フィッシュバーンは、忌々しげに魔王の名を告げました。


 そのヴァンパイアは、ドラゴンの娘をさらって誘惑しようとしたそうです。

 硬いウロコに覆われ、噛むことはできませんでした。

 よって、従属化の術式で拘束したと。


「が、逃げられたわけ」


 馬車を襲っていたのは、魚でパワーを蓄えようとしていたようですね。


「あそこのお魚、おいしいですからね」

「ああ、いえ。実は僕、サクラエビが好物でして」


 ドレミーさんは、恥ずかしげに告げます。


 通っていたサクラエビの香りにつられて、術式が解けて脱走したのだとか。


「もし、サクラエビを積んだ馬車が付近を通っていなかったら、僕は今頃ヴァンパイアの慰みものにされていたでしょう」


 ドレミーさんが、身震いします。


「サクラエビって、そんなに香りが強い食べ物でしたっけ?」

「僕は一〇キロ先のサクラエビさえ、嗅ぎ分けられます」


 犬ですか、このドラゴンは。


「で、ドレミーさんを操っていたヴァンパイアをやっつけてほしいと」 

「ペットの飼い主が、あたしに因縁を付けてきやがったのさ。なに人のコレクションをかっさらってるのさ、ってね」


 どうも、魔王はその真祖を相手にしたくないそうで。


「で、相手が出してきた条件が、ケンカして勝つこと」


 恨みっこなしの、ガチンコ勝負を要求してきました。 


「あなたが嫌がる相手って。相当お強いので?」

「強さは、どうってことないよ。人間でも倒せるレベルだ。ドラゴンさえ御せないくらいだからね。あんたに断られたら、エンシェントにでも頼もうと思ってた」

「では、なぜわたしが選ばれたので?」


 真祖級ヴァンパイアが相手なら、エンシェントでしょう。

 魔王ドローレスでさえ、抑え込めるのですから。


「いやあ、あんたに借りを返してもらおうかと」

「ああ、そうでした」


 わたしは彼女に、ドラゴンを押し付けたんでした。


「マジレスするとな、立場的にお互い手出しが難しいんだよ」


 かたや、魔族の中でも貴族的な存在だとか。


 対して魔王ドローレスは、ほぼ実力のみで現在の地位にいます。


 同じ魔王でも、立場が違うとのこと。


 人間に例えると、お二人は「官僚とマフィアの親玉」の関係ですね。 

 手を出すとお互いに不利が生じてしまいます。


「シスターのあんたとは、相性が最悪だからね」


 我々シスターなどの聖職者は、『対ヴァンパイア兵器』とも呼ばれていましたから。


「それだけじゃない。カタブツなことでも、あいつとは話したくない。まさに、考えが古い男なんだ。オールドマンとは、よく言ったもんだ」


 話を聞く限り、めんどくさそうな方ですね。


「引き受けてくれるかい?」

「もちろん。明日はチートデイですからね。ちょうどいい運動になります」


 わたしが言うと、魔王は口笛を吹きます。


「あたしを気に食わないあんたのことだから、てっきりモーニングをタダ食いして帰るかもって、覚悟していたよ」

「さすがに、それは非常識です」

「そうだ。もう一つ頼みがあった」

「何か?」

「コイツも連れて行ってくれ」


 なんと、ドレミーさんを連れて行ってくれとのことです。

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