食い物でしか、動かない女

「なぜです?」


 食後のヨーグルトをいただきながら、わたしは尋ねました。


「道案内をさせる。あそこは馬車で行くと、最短でも三日はかかるからね」


 相手が対決に応じる条件が、ジャッジをドレミーさんにしてもらうことだそうですね。

 勝ったほうが、ドレミーさんを好きにできると。

 ほんと、ドレミーさんを好きすぎますね。

 そんなに、ボーイッシュ巨乳がお好きなんでしょうか。


「わかりました。ただし条件を。ひとつ、わたしは殺し屋ではありません」


 退治と言っても、命までは奪いません。


「ああ。あたしもヤツを殺せとは言わない。ケンカして、勝ってくれたらそれでいい」


 相手が「まいった」といえば、こちらの勝ちだそうです。


「あんたがギブと言ったら、こちらの負になるから注意しな。まあ、そんなことにはならないだろうけどさ」


 随分な信頼ですね。

 わたしが負けるなんて、想像さえしていないようでした。


 割と緊張気味なんですが、わたし。


「なら、安心です。あと、もうひとつ。報酬の件ですが」

「心得ているさ、シスター。ほらよ」


 言って、魔王ドローレスはパンフレットを投げてよこしました。


『秋の小麦粉まつり』と書かれています。色とりどりの小麦粉メニューが、ずらりと並んでいました。

「好きなものを頼みな。用意させる」

「ありがとうございます」


 こんなにあると、どれにしようか迷います。


 うーん。秋季限定のキノコピザ、Lサイズですかぁ。そそられますね。


 土鍋グラタンパスタも捨てがたい。

「グラタンパスタなんて、小麦粉だけだろ」ですって?

 何をおっしゃいます。

「小麦粉の可能性が増えた」と言ってもらいたいですね!

 あとポテトも入っています。


 チーズフォンデュも、こういう機会じゃないと食べられないでしょうし。


 ですが、今のお腹はキノコ腹なんですよねー。


 フォンデュはみんなで鍋を囲んで、食べるものですから。


「あの、どうして報酬が料理なのですか? 食べ物で動くような人なのでしょうか?」

「あーっ。そっか。あんたはこの子のことを、よく知らないんだったね」


 ドローレスは、天井を見上げました。


「覚えておきな。シスター・クリスは食い物で動くんじゃない。食い物でしか動かねえのさ」


 魔王の、おっしゃるとおりです。


「お金をあげるほうがいいじゃないですか」

「大金をもらったら、この子は寄付しないといけないんだ。それが、聖職者の決まりだからね」


 はい。我々は金銭の授受があった場合、すみやかに教会へ寄付する必要があります。


「ウチが悪徳教会だったら、そうは考えないのですが。エンシェントがいる限り、不正は働けませんよ」


 お金なんてもらったところで、食費で消えていくだけ。

 教会で貧しい人のために活用してもらったほうが、有意義ですからね。


「だから、食事の提供が一番いいのさ。とくにシスター・クリスの場合はね」

「そんな。パン一個のために強盗を働く子どもではないんですから」

「じきにわかるさ。あんたもね」


 説明は以上だと、魔王はコーヒーをすすりました。


「決まりました!」

「うむ。何を食いたい?」

「候補は二つ。土鍋グラタンパスタと、キノコピザです!」


 指を二つ立てて、コールします。


「わかったよ。結構苦労するだろうから、二つとも頼みな」

「いいんですか?」

「代わりにケンカしてくれるんだ。お安い御用さ」

「ありがとうございます!」

「よし、商談成立だな」


 魔王が唐突に、ホテルの窓を開けました。


 相当、高いところです。この街の全景が見えますね。


「ドレミー、彼女を乗せてってやんな」

「承知しました」


 一礼して、ドレミーさんが窓からダイブしました。

 かと思えば、巨大なドラゴンの姿に。


「どうぞ乗ってください。魔王ルーク・オールドマンの城は、ここから見える山の頂上ですので」

「はい。ありがとうございます」


 わたしはジャンプして、ドレミーさんの背中に乗りました。


 ドレミーさんが、どんどん加速していきます。

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