腹ペコシスター 対 グルメ偏食家

「到着しました」


 あっという間に、魔王の城までたどり着きました。


 壮観ですね。何者も寄せ付けない拒否感が、表に出ていますね。

「誰の意見も聞きません」と城が言っているように見えます。


 玄関前で、ドレミーさんに降ろしてもらいました。


 城門の前で、待たせてもらいましょうか。


 ギギギ、と門が開きます。


「参りましょう、ドレミーさん」

「は、はい」


 歩く度に、矢印が影のようにわたしの前に現れました。

 時々角度を変えて、わたしを誘導します。


「ポインターの魔法ですか。最先端ですね」


 道案内をしてくれるので親切なのか、誰もお出迎えがないので不親切なのか。性格がわかりません。


「着きましたね」


 ここが、王の間のようです。結局、誰とも会いませんでした。


 扉が勝手に開き、城主と対面します。


 相手は赤いアンティークのソファで、ワインを片手にくつろいでいました。


「よくぞ来た。いかにも吾輩が、ルーク・オールドマン侯爵である」


 空になったワインのグラスを、侯爵は執事に差し出します。


「失礼いたします。侯爵さまから、手を出すなと申し付けられまして、お出迎えできませんでした。ご容赦を」


 執事の方が、侯爵にワインをつぎました。彼も魔族のようですね。


「わかりました。お気遣い無用」


 執事さんに礼をして、侯爵と向き合います。


「どうも。ヘンネフェルト王国でシスターをしている、クリス・クレイマーと申します」


 自己紹介すると、背後の扉がひとりでに閉じました。


「ひっ」と、ドレミーさんが小さく悲鳴を上げました。

「クレイマー、だと? もしや、辺境伯のダッドリー・クレイマー卿の関係者か?」


 わたしの名を聞いて、突然侯爵が立ち上がります。


「それは初代クレイマー卿ですね。わたしは一七代目当主ダリルの娘です」


 ククク、とひきつるように、侯爵は笑い出しました。


「……とんだ無礼を働いた。てっきりどこぞの馬の骨が、物見遊山で来たと思ってなぁ」


 侯爵は、執事にワインのグラスを渡します。


「最強のヴァンパイアハンター、クレイマー一族の子孫か。面白い。我が不倶戴天の敵と、こうしてまみえることになろうとは、ドローレスも粋な計らいをするものよ」


 あー、めんどくさいことになってきました。


 だから魔王ドローレスは、わたしに依頼してきたんですね?


 たしかに我が家系は昔、退魔関連の仕事を請け負っていたらしいです。

 実業家でありつつ、こういう輩を相手にしていたと。


 もっとも、今は引退して事業だけに専念しています。


「早く終わらせましょう。ピザが食べたいので」

「ほほう。相変わらず美食大食の業は捨てきれぬか」


 女性の血液しか口にしない吸血鬼が、それを言いますか?


「これは、生きがいの問題です」

「ならば、吾輩も若き女の吸血は糧なり」


 得意げに、侯爵は語ります。


「そこに、女性の意思はあるのでしょうか? 無理やり隷属させて、あなたは気が紛れるでしょうが、お相手する女性のお立場になって考えたことは?」

「みな、喜んで首筋を差し出したぞ」

「それはさっきから遂行なさっている、チャーム術の仕業でしょうね」


 侯爵の瞳から、怪しげな術式が解けました。

 やはり、わたしに魅了魔法を施していましたか。


「ならば、腕試ししかないようだな」


 侯爵が上着を脱ぎ、執事さんに預けます。


 最初から、実戦に来たと言っていますのに。 


「はい。わたしが勝ったら、もうドレミーさんは諦めてもらいますよ」

「約束しよう。ただ……貴公が勝てたらの話だがな!」


 突然、侯爵の姿がわたしの視界から消えました。


 かと思えば、背中に悪寒が。


 侯爵がわたしの背後を取り、手刀を繰り出しました。


「ぬう……初撃で仕留めそこねるとは」


 わたしは、すんでのところで上へ逃げています。モンク姿となって。

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