決着……?

 しゅた、と、わたしは華麗に着地しました。


「さすが、クレイマーの血か。いや、エンシェントから修業を受けた賜物か」


 オールドマン侯爵が、口元を吊り上げます。


 エンシェントの名も、知っているとは。


「不思議そうな顔をしているな。クレイマー一族に技を教えたのも、ヘンネフェルトを守りしシスター・エンシェントだ。知らなかったのか?」

「初耳ですね」


 そんな時代から、エンシェントってシスターだったのですね。


「代替わりしても、クレイマーはクレイマーか。一筋縄ではいかぬな」

「本気でいらっしゃると?」

「殺し合いではないゆえ、命までは奪わぬ。しかし、多少の負傷は覚悟してもらおうか」

「望むところです」


 こちらは、秋季限定ピザがかかっていますからね。

 しかも、一流ホテルの特別メニューとあっては、手加減できません。


「いざ参る!」

「勝負ですっ!」


 相手の拳と、わたしの拳がぶつかり合いました。


 攻撃の受け流し合いが続きます。


 一発が、ほぼ致命傷にもなりかねません。


 ドレミーさんも執事さんも、固唾を飲んで見守っています。


「影を実体化するとか、もっと奥の手を使うものだとばかり思っていましたが?」


 案外、正統派な武芸者のようですね。


「相手は、エンシェントの弟子でクレイマーの血統。ハンパな術式など看破されよう。それに」


 真正面から、正拳突きが飛んできました。


「小細工など児戯に等しい!」


 なんだか、うれしそうですね。


「久しいぞ、この感覚は。吾輩の拳や脚をまともに受け止められるのは、クレイマーくらいだった」


 なるほど。これまで正々堂々と勝負できる相手がいなかったと。


「今、その感触が戻ってきつつある。貴公が負けたら、わが眷属となってもらおう」

「わたしたちシスターの血液は、あなた方には毒では?」


 我々聖職者の血は、神によって清められています。

 アンデッドにならないためと、アンデッドの眷属にならないため。


 その分だけ、相当の修行と節制が求められますが。


「シスターの血なんぞいらん。吾輩の側に仕えるのだ」

「勝てたら、考えて差し上げます」


 もちろん、勝てたらの話ですが。


「貴公は、望みの品はあるか?」

「ドレミーさんをあきらめてくだされば、他には何も」


 わたしの欲望は強いですからね。この魔王でさえ、対応できますまい。


「よかろう。吾輩も男だ。約束は守ろうではないか。だが、貴公では吾輩には勝てぬ!」

「それは勝ってからおっしゃいなさい!」


 殴り合いは、数分に及びました。


 結果どうなったかというと……。



「飽きた」


「わたしもです」


 どちらも、拳を収めました。


 燃え尽きたといいましょうか。

 一生分の打ち合いの後、両者とも攻撃の手を止めました。


「やはり、慣れないことはするものではない」


 執事さんにハンカチを用意させ、侯爵は手を拭きます。


「まったくです」


 息を整えながら、わたしも汗を拭いました。


 わたしは本来、回復や浄化が主な仕事です。

 本来こんなガチンコ殴り合いは、性分ではありません。

 ミュラーさんや、シスターエンシェントの方が適任です。


 対して、侯爵はおそらく絡め手が専門でしょう。

 小細工はお嫌いだそうですが、真っ向勝負が得意とは言えません。

 ドラゴンを手篭めにできるほどの魔力を、所持しているのです。

 存分に使えばいいものを、わたしに合わせてくださいました。



「おそらく、このままでは千日手になるかと」 

「それでも、決着とは言えぬな。術式を制限している貴公は、対ヴァンパイア戦の攻め手に欠けている。そんなものは、フェアプレイとは呼べぬわ」


 お互い戦闘に不慣れな職なのに、魔法を使わず拳だけで戦ったのです。こうなることは、目に見えていました。


「先代はどうやって、あなたと戦ったのです?」

「同じだよ。戦闘をして、その後はこちらが料理を振る舞った。食えたら勝ち。残したら負けというルールでな」


 ほほう。大食い勝負でしたか。

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