今夜は、あなたの血で乾杯と致しましょう……

 そう遠くない場所に、荷馬車が止まっています。


 ですが、あまり状況はよくないようですね。


 荷馬車の前に、三メートルほどの小さなドラゴンが立ちはだかっていました。

 おそらく、荷物のお魚が目当てです。

 ノドを鳴らしながら、馬車に襲いかかる勢いですね。


 冒険者さんが奮闘して、馬車を死守していました。

 しかし、疲労が激しいですね。


 このドラゴンが周囲を顧みずにブレスを吐いていたら、冒険者さんたちは馬車もろとも壊滅していたでしょう。 

 火が燃え移りやすい森の中へ逃げたのは正解でしたね。

 おかげで、我々が到着するまで時間を稼げました。


「こんなところに、ドラゴンですか?」

「あー、首のあたりに召喚紋の跡があるっす。どっかの貴族屋敷から、脱走したっぽいっすね」


 隷属の魔法が解けて野生化し、暴れているらしいです。


「あとでオヤジに話して、その貴族を叱ってもらうっす」

「お願いします」


 それにしても、ドラゴンは攻めあぐねていますね。

 木々の生い茂る狭い道、一歩間違えばすぐに炎まみれになる周囲に、手こずっています。


 馬車だけに噛み付いて、空へ逃げる作戦だったのでしょう。


 冒険者さんもわかっていたらしく、翼から先に潰していました。

 かなりの使い手なようですね。


 ですが、全滅は時間の問題です。


「お下がりください」


 わたしは冒険者さんたちの方角へ、両手をかざしました。

 特大の【エリアヒール】で、冒険者さんを治癒します。


「ありがとうございます。あとは我々が引き受けますので、早く行ってください」


 馬車の警備を引き続いてもらい、わたしとハシオさんはドラゴンと対面しました。


「さて、どうしてくれましょうか」


 肩を回しながら、ハシオさんと相談します。


「食前の運動には、ちょうどいいっすね」


 ハシオさんに至っては、サーベルに手をかけてすらいません。


「小型ドラゴン討伐のご経験は?」

「軽く二、三匹くらいなら」


 なら、安心ですね。


「こちらは食事を邪魔されて、気が立っています。なので……」


 わたしは、ドラゴンをにらみつけました。 


「そうですね。今夜は、あなたの血で乾杯と致しましょう」


 危機を察したドラゴンが、わたしに向かってシッポの先で突きに来ます。

 槍のようにシッポで串刺しにしようとしました。


「ほあたぁ!」


 蹴り上げ一発で、わたしはシッポを弾き飛ばします。


 ドラゴンが、脂汗をかいていました。あの一撃で、戦力差がわかったようですね。


「あなたほどの使い手なら、誰を相手にしているのかわかったはず。翼を治療してあげますから、今日は下がりなさい」


 わたしは、ドラゴンの翼を治してあげました。


 ドラゴンもおとなしいです。

 空中から攻撃できるようになっても、なんのアドバンテージにもならないと悟っているようですね。

 真下への攻撃が、簡単に真上へ打ち上げられたんですから。


「お待ちなさい」


 メモ用紙を出して、わたしはスラスラと住所と地図を書きます。


 会話はできずとも、字くらい読めるでしょう。

 ドラゴンですし。


「なにを書いてるっす?」

「ドローレスの住所です」

「魔王じゃないっすか」


 ハシオさんが驚いています。


「ここにお世話になりなさい。働き口も紹介してもらえるでしょう。あなたを縛っている紋章も、消し去ってくれますよ」


 ドラゴンは大事そうに、メモを手で摘みました。


「さあ、行きなさい。我々が空腹になりすぎてあなたをお肉にしようとする前に」


 わたしが脅すと、ドラゴンは勢いよく空へと消えていきます。


「さて、我々も帰りましょう。天ぷらが待っています」

「そ、そうっすね」

 



 料理屋さんへ帰ってきました。


「おお、嬢ちゃん。おかえり」


 冒険者さんたちから、ことの成り行きは聞いているそうです。


「やっぱり、あんたはとんでもねえな。ドラゴンを追っ払うとは」

「まあ、あなたが行かなくてよかったです」


 おそらく、あのドラゴンが食卓に並んでいたでしょうから。

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