健康オタクは、なんでも食べる

 国王は、追加でさらにメロンパンを食べています。


「せっかくジョギングで減ったカロリーが、もとに戻りませんか?」

「いいんだよ、んなもん。血液を活性化させるために走ってるだけだ。菓子パンは、完全な趣味だ」


 驚きました。わたしと同じ理由で走っていたとは。


 わたしも、減量のためには走りません。

 筋力とスタミナをつけることが目的です。


「とかく最近は、体調管理のためには小麦や米などの糖質を控えろ、というのが定説になっておる。それを否定する気はない。だが、一ミリも口にしないなんてのは不可能だ。どんな料理にも、身体に悪い物質はつきまとう」


 メロンパンをかじりながら、国王は語りました。


「けどよ、それのなにが楽しいってんだよ?」


 口にメロンパンが入ったまま、国王は話を続けます。


「自分を抑え込んでいたら、いつかは爆発しちまう。やりたいことをやって、過ぎたことだと思ったところでセーブすりゃあいい」


 そんな簡単に、ガマンできますかねぇ?


「節制は、悪だと?」

「そうは言わねえよ」


 行き過ぎた禁欲は、むしろ毒であると王はいいます。


「身体に悪いこと、悪いものから逃げ続けて、清潔でいたいならそれでいい。しかし、強要すべきではないだろ?」


 サクサクのメロンパンを、国王はカフェオレで流し込みました。


「もし、『健康のために小麦の摂取はやめましょう』ってんなら、俺は全世界のパン屋に営業停止を伝えなくちゃならん。菓子パンのねえ世界なんて、つまんねえぜ?」


 おっしゃるとおりです。きっと楽しみが激減しますよ。


「健康志向だの安全な食材だのいう声はでかい。たが実際は健康食材って言っても、何が使われているかなんてわかってねえんだ。素人には、わかりゃしねえよ。俺に言わせりゃあ、潔癖すぎて変に日和ってるように思える」


 言いすぎかもしれんが、と国王は笑います。


「悪いことを知っているから、いいことだって見えてくる、と?」

「ああ」と、国王は返しました。

「人生、いいことばかりじゃねえ。好きなことばかりやっていても、嫌いなやつはどうしても出てくる。嫌いな物事から逃げたくたって、逃げられねえ。悪い条件だって、飲まなきゃいけねえ。そんなことばかりじゃねえか、世の中ってのは」


 たしかに、キレイ事ばかりでは、成り立たないことだってありますね。 


「だったら、受け入れるしかねえ」


 国王は、カップを置きました。


「身体にいいものも悪いものも、全部受け止める。ひどくなる前に、自分で自分を管理する」


 薬物に手を出すわけでは、ありません。

 それは極論過ぎます。


 しかし、生活にうるおいを求めるくらい、罪はないのでは、と王は考えているようでした。


「もし、体調を崩すことがあったら?」


 人間は、カンタンにプヨプヨってなりますよ?

 実際、わたしに相談してくる主婦さんは何度も太ってしまったらしく。


「そんときは、そんときさ。俺はココまでの人間だったんだと、あきらめるとしよう」


 なんか、潔いのかどうなのか、わからない人ですね。


 ますます、ヘンネフェルト国王という存在がわかりづらくなりました。


「さて、もうひとっ走り行くかな? そいつはやるよ」


 テーブルの上には、わたしの分の代金がありました。


「いただけませんよ!」

「話を聞いてもらったからな。こいつはお駄賃だ。いらないならどこかへ寄付でもしろ」

「では、教会で活用させていただきます」

「そうしてくれ。今日の夕方、あんたを迎えに行く。ウルリーカも連れてくるから、安心しな」


 国王は去っていきます。


 教会に帰ると、シスター・エマもジョギングから戻ってきたところでした。


「おかえりなさい、クリス。どうしたの、そのお金?」

「さるお方からの寄付です」


 王様からのお金を、教会へ納めます。


「人には言えないお金とかじゃない?」

「正体不明の、健康オタクさんからです」

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