豆腐大好き豪快さん

 わたしは、相談者を救出すべく、ザンゲ室から出ました。


 ザンゲ室は防音で、外の人には物音すら聞こえないはずなのに。


 しかし、相手を見てすぐに手出しをやめます。この人なら、防音とか関係ありませんね。


「何があったの、クリス?」


 エマや、他のシスターたちも、わたしの応援に来ました。


 わたしは、「なにもない」とエマを遮ります。


 対するエマも、男性をひと目見て「ああ」と引き下がりました。


 他のシスターも同様です。


 その男性は、秋だと言うのにTシャツと短パンという出で立ちでした。


『I LOVE PRINCESS ちゅっちゅ』


 とか書かれていますね。


 いわゆる『変T』です。足なんて、草履ですよ。


「いいか、豆腐メンタルなんて言葉はねえんだよ! そもそもテメエは、豆腐のポテンシャルを知らねえ! 崩れやすいからなんだってんだ? 豆腐ってのはな、無限の可能性を秘めているんだ!」


 変Tな男性は、サングラス越しに相談者を睨みつけます。


「あのな、豆腐は崩れるからこそうめえんだ! どんなに丁寧に作っても、結局は崩す。しかし、そんなに味が変わるものか? 違うだろうが!」


 なんでしょう、この人。勝手にお説教を始めちゃいましたよ。


「確かに高級料理屋とかじゃ、崩れないようにキレイな麻婆豆腐が出てくる。崩さない調理法まであるっていうじゃねえか。しかしよお、崩れていようがいまいが、味に違いはねえ! 娘が小さいころ、麻婆豆腐を作ってくれたことがあるんだが、チビが作るやつだろ? もうグチャグチャで見れたもんじゃねんだよ! ところが、食ったらこれがうまいのなんのってよ! 親バカで言ってるんじゃねえぞ! ホントに世界一うまかった! オレサマの娘が作ったんだか――」


「あの、今、そのお話は関係ないかと」


「おおっ、そうだったな!」


 変Tさんが、我に返ります。


「崩れても味が変わらないってのは、湯豆腐だって同じだ! そうだろ、お嬢ちゃん?」

「はい。そうですね」


 機械的に、答えました。


 湯豆腐には、あえて崩れた状態で出す『汲み出し』なんて技もあるくらいですから。


「だとよ! 豆腐ってのは、それだけ奥が深く、ポテンシャルが高えんだ! テメエはそんな湯豆腐と比べる資格すらねえんだ! そんなヤロウが、豆腐をディスってんじゃねえよ! 冷奴百個食ってから出直しな!」


 相談者は、完全に変T男に気圧されていました。


「ちょっと、いくらなんでもいいすぎですよ」


 わたしは仲介に入ります。


「何を言ってやがる。豆腐を知らずして、メンタルを語るなかれってんだ!」

「ん?」


 謎理論が、また飛んできましたよ。


「つまりだ。豆腐は崩れてもなお旨味がある。ということは、崩れてもなお、魅力は損なわれていないってこった。つまり、ありのままを受け入れろってことよ」

「なるほど」


 思わず、うなってしまいました。わたしが感心しても、仕方ないのですが。


「形にこだわんじゃねえよ! かっこ悪くたって、そこに存在しているだけで十分なんだよ! 人はみな、この国の宝だっ! 生きているだけで価値がある! 豆腐のように崩れやすかろうと、鋼のように頑強であろうとだ! だな、嬢ちゃん?」


「ええ。そうですね」


 またも、機械的に返しました。もう、ついていけません。


 しかし、相談者は自信がついたようです。


「はい。自分は凹んで当たり前なんだと思い知らされました。ありがとうございます!」

「わかりゃあいいんだよ、わかりゃあ! ガハハハ!」


 その変Tさんは、豪快に笑いながら去っていきました。


「ボクも帰ります。今日は相談に乗ってくださってありがとうございます」

「また、お越しください。お気を確かに」


 もう、ああいう人は現れないと思うので。


「それにしても、今の人は?」

「……知らない人です」

 



 言えませんよ。この国の王さまだなんて。

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