あのときの剣士

 やってきましたよ、食堂街へ。


 どの店の柱も赤いです。それに、にぎやかなのが特徴的ですね。

 異国の風景を漂わせています。

 スリットの入った大胆な女性用衣装も、魅力的ですね。


 これはテンションが上りますよ。

 露店の甘栗でさえ、おいしそうですね。


 食堂街のお粥屋さんは、豆乳のお粥を出してくれます。

 これがまたおいしいのなんの。物足りませんけれど。


 目の前にやってきたのは、豆乳と鶏のお粥です。


 うん、罪深うまい。


 エマが夢中になるのもわかりますよ。

 わたしにはボリューム不足ですが、ぜいたく品といっていいでしょう。


「わたしがまだ小さい頃でした。教会の学舎に入るため、この街にやってきたときのことです」


 シスターエマに、ミュラーさんの話を聞かせます。


「あたしも、あんたくらいのときに来たわね」

「はい。で、わたしはどうしても、ここの肉まんが食べたかったのです」


 名物として、知られていましたからね。

 このエリアの肉まんを食べずして帰れるか、という気持ちでいっぱいでした。


 しかし、そこは売り切れが早いことでも有名です。

 売るのも、一人二個まででした。


「父にも食べさせたくて、わたしは二つ買いました」


 二つ買った時点で、肉まんは売り切れに。


「振り返ると、わたしの後ろにカップルがいたのです」


 一人は冒険者風の剣士、もうひとりは、お花屋さんの店員でしたね。


「どうしてわかったの?」

「花屋さんのエプロンをしたままでしたので」


 わたしのせいで、そのカップルは肉まんを買えなかったのでした。


 本当は父の分を買ったのです。

 が、あのカップルの寂しそうな顔を見ていると、申し訳ない気持ちに。


「そこでわたしは、ひとつだけあげました。もうひとつは、わたしがかじってしまったので」


 そのカップルは、「ありがとう」と言って、代金をくださいました。


 しかし、わたしは受け取りませんでした。

「きっと父も、わたしの行いをわかってくださる」と。


 もちろん、父は褒めてくださいました。


 わたしは父と、肉まんを半分に割って食べます。


「そのときのおいしさときたら、もう言葉では言い表せませんでしたね。さすが名物といった感じでして。桃源郷とは、ああいうことをいうのですね!」

「そういう感想はいいから、カップルはどうなったのよ?」


 肉まんの思い出話をそっちのけで、エマは話の顛末を聞きたがりました。

 個人的には、肉まんのレビューこそメインだったのですが。 


「カップルを見ると、わたしと同じように分けて食べていました」


 後になってわかったのですが、あの当時の剣士がミュラーさんだったんですよね。

 本人が教えてくださいました。

 父の護衛も努めていらしたそうです。


「わあ、ロマンチックだわ。いい話ね。シャレたものじゃなくて、肉まんのシェアってところが素敵よね」


 お粥を食べながら、エマはうっとりした顔になりました。

 女の子って、コイバナ好きですよね。


「あんたはなにか、浮いた話はないの?」

「すいませーん、おかわりください」

「ないわね」


 なんの話でしたっけ?



 帰った後、またザンゲ室です。


 しかし、わたしの頭はお豆腐のことでいっぱいでした。


「実は、メンタルが豆腐で困っています」


 その相談者は、「気弱なところを直したい」と言っていました。

 お店番をしていてもお客に声をかけられず、怒られても言い返せないのだとか。


 また、お豆腐とは。


「強いメンタルなんて、だれも持っていませんけどね」

「そんなもんですか?」

「はい。耐性がつくと誤解している方も多いですが、マヒしているだけです。本当にメンタルが強いなんてことは、幻想に近くて」

「そこをどうにか、ならないのでしょうか? もう豆腐すぎて、気弱なボクは生きていけませんよ」


 なおも、相談者はしょんぼりした声で言いました。すると……。



「豆腐なんてメンタルは、ねえ!」



 やたら大声の人物が、ザンゲ室から相談者を引きずり出したではありませんか! 


 何事でしょう!?

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