麻婆豆腐は、罪の味 ~街の大衆食堂の麻婆豆腐と、屋台の肉まん~
久々のザンゲ室
久々にザンゲ室から、失礼いたします。
シスター・クリスですよ。
今日も迷える子羊を導いて差し上げましょうか。
「実は……」
「ダイエットに失敗したんですね」
「よくご存知で」
もうわかっています。
またあのダイエット失敗主婦さんですね。
「今度は、どういうお店に立ち寄ったので?」
「老舗の高級料理屋が並ぶ、食堂街でして」
「ほ、ほう」
そこは、わたしも聞き馴染みがあります。
昔、父に連れて行ってもらいましたね。
そこで食べた屋台の肉まんを、思い出します。
当時はまだ子どもでしたっけね。
この教会に通い始めた頃でした。
まあ、思い出話はさておき。
「どうしてそんなところを、ランニングコースに?」
「あそこ、全部高いじゃないですか。屋台とかもあるけど、普通の市場より三倍くらい高いでしょ? ガマンできると思ったんですよ」
あなた、ガマンなんてできた試しがないのですが?
たしかに、あそこは異国の料理が並ぶ高級街です。
花街ほど怪しくはないのですが、独特の雰囲気があるのは確かですね。
香辛料の香りにつられて、ついつい足を運びそうになったことはありますね。
「で、ですね。そこの料理店の店主が、最近食堂街の片隅でリーズナブルな大衆食堂をはじめまして」
「なるほど、なるほど」
息子さんが一人前になったので、主人が店を譲ったそうです。
「で、お店の名物だった麻婆豆腐を出し始めたんですよ。それも、そこそこの安さで! 私でも手の届く料金で!」
麻婆豆腐ですか。
辛いミンチ肉と合わせただけのお豆腐のどこがおいしいのかと、子どもだった当時は半信半疑でした。
しかし、食べてみたらこれまたすばらしい!
わかります。
「お酒に合うんですね?」
「よくご存知で!」
主婦さんはその後も、いかにその料理がお酒に合うかを延々と語っていらっしゃいました。
こっちは、今日の朝はカツオブシの乗った冷奴とお味噌汁とライスだけですよ。
余計にお腹が空いてきます。
「酒もいいんですけど、なんといってもメシと合うんですよ!」
……麻婆丼にしたんですね、この咎人は。
ああもう許せません。
畑の肉をライスにぶっかけるなんて、おいしいに決まっています。
納豆もお味噌汁も、全部おいしい。
ライスとの相性が最高すぎますよ。
だってお肉ですもん。
いえ、ライスを合わせるのは、麻婆豆腐としては基本ですね。
むしろ、合わせないほうが罪でしょう。
でも今は、聞くべきではありませんでした。
だんだんと、目が血走ってきます。
「お店の場所はだいたい想像がつきます」
「有名ですもんね」
「浄化しておきますね」
さて、お店は決まりました。
それにしても、懐かしいですね。あの食堂街は。久々に――
「クリス、今からお昼かしら?」
「ああ、シスター・エマ」
エマに、呼び止められます。
「これから食堂街へおかゆを食べに行くのだけれど、一緒にいかが?」
「はい。ご一緒しましょう」
そうでした。
食堂街といったら、シスター・エマのホームグラウンドじゃないですか。
まあ、仕方ありません。麻婆豆腐は次の機会ですね。
「雨ですね」
しとしとと、雨が振り始めました。
「この季節の雨は、冷たすぎるわ。カゼをひくといけないわね」
エマが、傘を差してくださいます。
食堂街へ、たどり着きました。
「あなたは、あまり来ないわよね?」
「はい。たまに依頼で伺うくらいでしょうか」
変わった食材を調達する依頼や、特殊な薬草の採取などで、お邪魔しますね。
「ほら、ここの木の根っこみたいな薬草は、わたしがミュラーさんと採ってきたんですよ」
太い根っこの薬草は、滋養に利くとされています。
食べられないのですが、主に湯の花として使うそうですよ。
お年寄りの腰痛を治すとも言われていますね。
「ミュラーさんって、あの剣士様?」
「はい。ミュラーさんと出会ったのも、こんな雨の日でしたね」
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