茶色の神
「ク、クリス・クレイマー? 目の色が変わってしまいましたが、どうなさったので?」
今度は、私がキレる番でした。お弁当を片手に、立ち上がります。
「ほ、他の方は、もっと色とりどりのお弁当よ。中身について、お母様とご相談なさらなかったの?」
どうやら、わたしが家族に愛されていないかもと、心配なさっているようですね。
「わたしは女子寮組です。余計なお世話ですよ」
「し、失礼な! あなたは誰に口を利い――」
「あなたこそ、茶色の神にあやまりなさい」
「茶色の神!?」
おやおや、茶色の神をご存じないとは。温室育ちの教師では、その程度なのでしょう。
「これはわたしが、大好きなおかずをかき集めて、詰めて詰めて詰め込んで、じっくりと育てたもの」
我が母なら、もっとガッツリとした食事を用意してくださいます。
クレイマーの女は、茶色の神に愛された者ですから。
その茶色を侮辱するとは、いくら教師でも度し難いですね。
教育者だからこそ、茶色を差別しないようにしていただきたい。
「落ち着きなさいクレイマーさん! わたしはもっと、滋養のバランスをですねぇ!」
「こんな小さな詰め物に、滋養も栄養もないでしょう」
豚のショウガ焼きに、ちゃんと玉ねぎとエノキ、ニンジンが入っています。
ほうれん草のおひたしも、忘れてはなりません。
本当に滋養のあるものを摂取するなら、一旦家に帰って食べさせるべきです。
もしくは、栄養食でも携帯させておけばよろしい。
いつからお弁当にまで、食のバランスを求めるようになったのでしょう?
嘆かわしい。
「お弁当に詰めるべきは、サプライズ。バランスの取れた栄養ではありません。好きなものを詰めることこそ、お弁当の醍醐味。楽しいは、おいしい。茶色いは、おいしいのです」
わたしの圧に、先生が腰を抜かします。
「もちろん、ほうれん草やコーンなどが入って栄養たっぷりで見た目も楽しい、という意見もおありでしょう。ですが、茶色かろうがカラフルだろうがお弁当はお弁当です」
それにこのお弁当は、各お店が丹精込めて作ったもの。それを侮辱することは、店主を侮辱することに繋がるのです。
「教育者たるものが、お弁当の色で人を推し量ろうとなさるとは。これは立派な差別です。恥を知りなさい」
「う……」
先生がたじろぎました。
そこで、わたしは我に返ります。
「……はっ」
なんだったんでしょう、今のは。
とんでもなく物欲全開な存在に乗っ取られた気がしましたが。
「失礼します」
言って、わたしは場所を移すために背を向けます。
「どこへ行くのです? 自由時間と言っても領域が!」
「別のところで、頭を冷やしてきます。」
誰もいない木陰で、仕切り直しとしましょう。
まったく、あの教員は。女性に女性らしさを求め過ぎなのです。
「何を食べようが、関係ないじゃないですか」
「まったくだ」
ん? 樹の下に先客がいますね。
「ああ。あなたはいつぞやの」
「よっ。あんたか」
セーラー服の女性が、木にもたれながらおにぎりをかじっていました。
白いご飯に白いお漬物ですか。おいしそうです。
「会うのは二度目ですね、ソナエさん。覚えていらっしゃいますか、クリス・クレイマーです」
こんなところで再会なんて、なにかの縁を感じずにはいられません。
「あんたも、遠足かい?」
「はい。こんなところで休んでいたんですね」
「まあ、集団行動なんてクソ食らえだからな」
彼女らしいですね。
「真面目そうなあんたが、フケるなんてな。驚きだ」
「それが聞いてくださいよ、ソナエさ……んぁ!?」
彼女の弁当を見て、わたしはヒザを落とします。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「負けた……」
ばかな。こんなことがあっていいのでしょうか?
「茶色の神に愛されていたのは、ソナエさんの方だったんですね?」
「ちょっとなにをいってるのか、わっかんね」
ソナエさんのお弁当は、お米すら茶色かったのです……。
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