オムライスは、罪の味
「いえいえ。お気になさらず」
覚えてくれているだけで、構いません。
「ミニオムライスを、ごちそうするわ」
カメラマンさんの話だと、今、調理中だそうです。
「ここのお料理はおいしいから、ぜひ食べてってちょうだい。お代は、安心してね。伯爵からふんだくるから!」
「そこまでなさらなくても」
「いいの! 全部あいつにねだってもお釣りが来るんだから」
おとなしめのエルフさんが、いそいそと厨房へ向かいました。
各テーブルは、男女ともに賑わっています。ただ、少々騒がしいですね。ガラの悪いお客様も、チラホラと……。
「お酒の提供も、なさってるんですね」
「そうなのよ。居酒屋じゃないんだから酒類提供なんてやめちゃえば、って伯爵にも話しているんだけれど」
伯爵はお酒好きらしく、頑として聞かないのだとか。
「ワインを飲みながら、メイドさんにお世話されるのが好なんですって」
だから、アルコール提供は外せないといいます。
伯爵の性癖は、理解できません。が、雰囲気はいいですね。
しかし、奥のテーブルで言い争いが起きていました。なにやら、興奮しているご様子。
「あちらのドワーフさんたちは? なにをケンカしているのですか?」
口論をしている貴族は、ドワーフさんたちです。
「あれは鉄オタよ」
「なるほど、鉄道オタクさんですか」
文明がかなり発達して、この街にも鉄道が走っていますからね。
「違うわよ。『琥珀は金属に該当するか、樹液の結晶か』でモメているの」
そっちの『鉄』ですか……。
厨房から、さっきのエルフメイドさんが来てくださいました。
「おまたせしました……」
やってきたのは、オムライスです。まだケチャップはかかっていません。
「ありがとうございます。いただきます」
「あ、魔法」
そうでした。なんか魔法があったんでしたね。
思わず、スプーン突き刺してしまいました。
わたしとしては、「おあずけの魔法」みたいな気がするので、別に気にはしないのですが。
「申し訳ありません……どうなさいますか? お食事の邪魔でしたら、そのまま召し上がってくださっても……」
蚊の鳴くような声で、エルフさんが詫びてきます。
いやいや。
茶番といえど、あの魔法詠唱はメイドさんのお仕事です。
労働者から仕事を取り上げるようなマネは、いたしません。
「食べかけですが、お願いできますか?」
「……はい。では、文字を書かせていただきます。リクエストはございますか?」
「ご自由に」
ケチャップで文字を書いてもらうという発想自体がなく、何も思いつきませんでした。
おそらく通い慣れている方なら、気の利いたセリフなどを書いてもらうんでしょうけれど。
概念みたいなものを書いてもらうんですかね?
エルフさんも同じだったらしく、ハートだけ書いてくれました。
「……そちらのご主人さまは」
「結構よ。デミグラスを頼んだから。魔法だけちょうだい」
エルフさんは、ペコリと頭を下げます。
「お、おいし、くなあ~れ……やはぁんっ」
あ~っ。これは、お願いしたらダメ目なパターンでしたね。
エルフさんは、すっかり恥ずかしがってしまいました。
その場で、うずくまります。
鎖骨の辺りから、星型の小さなホクロが見えました。
「ご無理なさらず。お気持ちは伝わりましたから」
エルフさんには、業務に戻っていただきます。
失敗でした。相手を思いやる配慮に欠けていましね。反省です。
カメラマンさんも同じ気持ちだったのか、「食べましょ」と、何事もなかったかのように進めました。
気を取り直して、一口……。
ああああああ、これは
ケチャップって、こんなに甘かったでしたっけぇ。火を通すと、こうなるんですね。
お米もパラッとしていて、それがフワフワ卵と絡み合って絶妙な味を出しています。
なんという調和の結晶でしょう?
ルンルン気分でわたしが食べていると、先程のおとなしいエルフさんが微笑んでいました。なんだか、自分のことのように喜んでいます。
「ちょっといい、クリスちゃん?」
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