モデルバイトのお誘い
「自分のことを棚に上げて自らの価値観を押し付け、他人を理想系へと作り上げよう。そんな考えは神への、いえ、相手への冒涜です。弱さも認めて、初めて人間なのですから」
そう説明すると、相手の男性は「はあ」としょんぼり返答してきました。
「ただ、急に変わる必要はありません。無理が生じますからね」
ここで「変わりなさい!」とお説教をしても、わたしが気分良くなりたいだけ。
単に、相手をコントロールしたい欲求を満たす行為です。
ただの押しつけは、徒労に終わるでしょう。
「ではどうするのか。弱さを逆に強みになると思ってください」
「例えば?」
「えっとですねー。成功者の本を読んでみるなり、成功法則などを聞いてみるなりするんです。話の中で、その方が手を出していない分野を探してみてください」
見つかった不確定要素が自分に当てはまった場合、オンリーワンになれますよね。
そうアドバイスしてみました。
「なるほど。わかりました」
「わたしの助言が難しいようであれば、『コンプレックスは強みである』ということだけ覚えておけばいいかと」
「はい」
「相手の欠点を見つけても、いちいち指摘する必要はないです」
受け手に聞く姿勢がないと角が立ってしまうので。
「あなたもそうですよね? もし、本当に陰口を叩かれているのだとすれば」
「え、ええ」
自信なさげに、男性は答えました。やはり、単なる幻聴かもと、本人も思っているみたいですね。こういうときは、人間不信に陥りますから。
「だったら、『自分は悪口を言わない人間になる!』と決めるとかいかがでしょう?」
男性は、黙り込みました。
「相手には指摘せず、自分で『ここは自分も気をつけよう』と実践するだけでも、その方に対して優越感を持てるのでは? さすれば自然と、悪口なんて耳に入ってこなくなるでしょう。相手を思いやる余裕だって生まれるはずですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
去り際になって、男性の声は少しシャッキリしていました。
これが救いになればいいのですが。
とはいえ、彼はまだマシです。
ほんとに、相手をマウントすることしか考えていない人っていますから。
一〇〇%の正解を導き出すなんて、不可能です。
わたしだって、間違えますから。
シスターにできるのは、肩の荷を下ろすことくらいでしょう。
いやあ、本格的お悩み相談なんて、久々な気がします。
だいたい、食事の誘惑に負ける人の相談ばかりでしたから。
わたしも、シスターといて働くことはあるのです。たまにですが。
うーん。ヘビーな悩みを聞いていたら、お腹がすいてきましたね。
もうお昼ですか。
ちょうど休憩時間ですし、今日は甘いものが欲しい気分です。なにかないでしょうか。
「あ、ちょうどいいところにいたわ。クリス、ちょっといい?」
シスター・エマが、わたしのところへ駆け寄ってきました。慌しい様子です。なにかあったのでしょうか?
「なんでしょう。シスター・エマ」
「バイトしない?」
「アルバイトですか」
お金なら、冒険者で随分と稼いでいます。今更バイトなんて。
「どのような内容で?」
「写真のモデルよ。ドレスを着るの」
この近くにある貴族を相手にしたオタカフェが、宣伝活動をしたいそうです。接客スタッフの写真撮影は終わったのですが、もうひとつ華が欲しいとのこと。
「最初はあたしに声がかかったんだけれど、元ヤンでしょ? 自信がなくて。服も合うサイズがないのよ」
「は、はあ……」
ぜいたくな悩みですね。滅びればいいのに。
いけないいけない。陰口を叩くなって、依頼主に言ったばかりでした。
「わたしにドレスが似合うとは、思えませんが」
「先方は、あなたを撮りたいって言っているわ」
それはまた、奇特な方ですね。街灯のようなビジュアルのわたしを写真に収めたいだなんて。
「衣装はあなたに合わせるわ。協力してくれたら、ごちそうするって」
「やりましょう」
これは天の恵みですね。
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