カピバラに餌付け

 他の園児たちも、切ったスイカをトレーに添えます。


「それではカピバラを放します」


 飼育員のお兄さんたちが、木の柵を取り払いました。


 カピバラさんが、わっとスイカに寄ってきます。


 シャクシャクシャク、とカピバラさんが前歯でスイカを削っています。ジャンボスイカに頭を突っ込んで、まるで洗顔のようですね。


「押さないでくださいねー。スイカは逃げませんからね」


 わたしの服まで、かじってきそうな勢いです。


「おいしいんですかね?」


 形が悪い、おいしくないなどの理由で、市場に出せない品を農家さんから分けてもらいました。他にも、形のいびつなかぼちゃやニンジン、みかんも譲ってもらっています。


「傷んでいるわけではないので」


 飼育員さんに聞くと、大丈夫だそうです。

 

 ただ、あのジャンボスイカは市場に出す品物ではないため、人間にとってはそんなにおいしくないのだとか。

 カピバラさんにとっては、歯ごたえがある皮がおいしいらしく、飛びついていますね。

 皮がお好きだなんて、カブトムシみたいですねえ。


 いい音をさせながら、モリモリと食べています。あれだけ大きかったスイカが、すっかり空洞になっていました。


 カボチャやニンジンも、徐々に数を減らしていますね。みかんは、チビカピバラさんたちが独占しているようでした。


 園児たちも、カピバラさんたちのスイカを食む音に聞き入っているようです。

 幼稚舎ではヤギを飼っているので、動物を怖がる様子もありません。

 全部任せることはできませんが、それなりの分別は付いているみたいですかね。

 

「いいですね」


 隣りにいるシスター・エマに、同意を求めます。


「そうねえクリス。癒やされるわこの音」


 いえ、違うのですよ。


 たしかに、カピバラさんたちの咀嚼音は心地いいです。皮や実をシャクシャク音を立てて食べる姿は、本当に見とれてしまいました。


 ですが、わたしがいいなと思ったのは、「スイカを独り占めしている」ことなのです。


 スイカの独占、なんという耽美な響きなのでしょう。


 たいていは、小分けにされて提供されますよね? でも、たいては秒でなくなりますよね。


 半玉でもいいです。半分に切ったスイカに、贅沢にスプーンを差し込んでみたい。そう思いませんか?


 そんなわたしの罪な欲望をよそに、カピバラさんはジャンボスイカを消費し続けています。のどかな顔をしながら。


 カピバラさんたちは最初こそ、モソモソを平和にスイカを食べていました。


 しかし、雲行きが怪しくなっていきます。


 お隣さん同士の顔が近すぎますね。若干、鼻息も荒い気が。


 もしかして、スイカを奪い合っていますかねぇ?


「おや? なんだか、カピバラさんの様子がおかしいですねー。なにが起きるんでしょう」


 進行役をつとめる飼育員のお姉さんが、大げさにアナウンスをはじめました。


「ブホッ!」


 その途端、カピバラさんがお互いを威嚇し始めます。

 次の瞬間には、全力猛烈体当たりです。飛びかかり合いのケンカを始めてしまいました。


 危ないですねぇ。軽い馬車くらいの馬力があるらしいので、園児に当たると非常に危険です。穏便に済ませたいところですが。


「わーっ!」「きゃあー」


 園児たちが、どっと逃げ出します。ビックリして泣き出す子たちまで。


 争っていた二体のカピバラさんは、にらみ合いを続けています。


「さっそく始まりましたね」


 お姉さんの解説によると、普段はおとなしいカピバラさんもスイカを前にすると奪い合う習性があるとか。

 仲間がスイカの汁をなめることすら、許しません。

 親子でさえ、容赦なしとは。


「みんな仲良くして」


 ひとりの女児が、カピバラさんたちのケンカの仲裁に入ろうとしました。健気ですね。


 が、飼育員のお姉さんは、その園児を止めます。


「ケンカを止めたらダメですよ。あれでも、コミュニケーションなのです」


 カピバラさんたちにとって、ケンカは上下関係を決める重要なことなのです。


 まるで人間社会のようですね。動物とはいえ、譲り合いの精神では生き残れないのでしょう。


 まだ女児は、なにか言いたげでした。が、すぐ引き下がります。飼育員さんのお話に、納得したのでしょう。

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