プロローグ2(後編)

 ノートパソコンの画面に動画が再生され始めると、イカしたジングル……サウンドロゴと共に『F』のマークがデザインされた意匠が表示された。


『なんだろう、これ?』


 新聞部の面々が疑問符を浮かべていると、画が切り替わり、見覚えのある靴が画面いっぱいに表示される。

 薊学園の女生徒が着用を義務づけられているブーツ、そのかかと部分がアップに。

 カメラはティルトしはじめ、同時にズームアウト。

 黒タイツの膝裏という、その手のフェチにはたまらない部分が見えると、お次は上級者向け、太もも裏の部位がやってくる。

 スカートのプリーツが揺れ、間違いなく薊学園の制服であることがわかると、キュッと締まった腰回りで一同気付く。


『あれ、ベスト着てる?』


 半袖から長袖に衣替えはするが、生徒の大半は寒くなる冬までシャツのままでいる。ベストは男女共に似たようなものが用意されていて、基本的には季節に関わらず着用は自由な制服で、一部の女子は下着が透けるのを嫌って着用していたりもする。

 カメラがようやく背中まで到達すると、その人物……女生徒が、カメラに背を向け、腕組みしているのがわかる。

 袖の部分にクロスのアクセサリ。

 柔らかそうなボブヘア。

 含み笑いが聞こえると、カメラに向かってゆっくり振り向いた。


【???】

『ふっ、ふっ、ふっ……久しぶりだね、ヤマトの……じゃなかった、新聞部の諸君❤』


【柾】

「(ふっる!)」


【花梨】

「(変な"コップ"持ってる人じゃんそれ)」


【桧】

「(……新たなライバル登場の予感)」


【楓】

「(誰、なの、いったい……?)」


 赤いネクタイは薊学園三年生を示す。

 ようやく映し出されたその人物……女子生徒の正体に、一同は息を呑んだ。

 まあ実際の所、黒タイツの時点で気付いていたが、そこは空気を読んだ。その辺は"心得て"いた。

 約一名、顔が見えるまでガチで気付かず無駄にシリアスだったが。


【柾】

福城茉莉花ふくじょう まりか……出たな、放送部の女部長め。相変わらず無駄に開いた胸元だ、いいぞもっとやれ! ズーム! 八束ズゥームッ!」


 自信満々にカメラ目線の茉莉花を睨み付けると思いきや、そのネクタイの向こうに潜む乙女領域を凝視する柾。

 楓と桧はそんな新聞部部長を冷ややかな目で見たが、花梨だけはあの絶妙な胸元に興味津々だった。最近はフェチというものに興味津々。


【茉莉花】

『この動画を見ているということは、ドロボウ猫になったわけですニャー♪ キミたちは」


【茉莉花】

『おおっとぉ! 胸ばっかり見てるそこのキミ! ここには夢しかないよ、いっぱい詰まっているのが見えるかなぁ~?』


【柾】

「見えるよ! できればもっと開くカンジで! 夢いっぱいで! ボクの股間も希望でパンパン!」


 楓と桧から、同時に肩パン=両肩パンパンを喰らう柾。花梨はなるほどネクタイだけで胸元を隠すという高度なテクニックに目を輝かせる。

 それはさておき、と咳払いをしてから、画面の中の三年生は続けた。


【茉莉花】

『お姉さんはなにも、キミたちを取って食おうなんて言ってるワケじゃあないの。ただ、なんていうかなァ、ちょ~っとお願いを聞いて欲しいというかー? もちろん断ったりしないよね? フホーシンニューしておいてさー』


 画面内の茉莉花は、可愛らしく手を合わせて腰をクネクネ。

 懸命にお願いするように見えて、その奥の表情は実に挑戦的。

 再生時間は三分の二を過ぎていたが、英田柾はそこで一度、スペースキーを叩いて再生を止めた。


【柾】

「脅しとるだろうが、明確に……この強引さはキャラの違う成羽なりわ先輩だな。まったくウチの三年生はどいつもこいつも……」


【桧】

「口調が軽い分、逆に怖いですね」


【柾】

「つまり動画を見てしまったことで俺たちは認めてしまった事になるわけか。手口がヤベえな。それにここまで言うってことは……」


【桧】

「ええ。当然、私たちにとって不利な証拠を掴まれたとみるべきでしょう」


【楓】

「ちょっと待ってちょっと待って、ヒノキーも調べたけど無かったって言ってたじゃん。私もけっこー小姑っぽく調べたし」


【桧】

「ひょっとしたら部室内部ではなく、廊下側……例えば窓の外に暗視タイプのWebカメラなんかを仕掛けておけば、神目さんの行動は記録できますね」


【楓】

「マジ……? あっ、これビデオなわけじゃん? 今から回収にいけばまだ間に合うかも?」


【柾】

「警備システムが動いてるぞ」


【楓】

「校舎の外にあるなら登って行きゃあいいでしょうが。あのくらい、この私が駆け上ってやるわよ」


【桧】

「Webカメラであれば、インターネットを通じて動画データはリアルタイムに転送されていますから、カメラを抑えても証拠自体は消せません。(学園内に飛んでいるWi-Fiはすべて把握している……となると通常の4Gで転送? 確かに足は付きにくいけど、そんな手間のかかること……)」


【柾】

「たとえそうじゃなくても、あんな時間まで放送室にいた理由が、警備システムが動いてその後の行動が制限されることまで考えた上でなら、大したもんだな。憶測を確かめようがない。そのぶんこっちを精神的に追い込める」


【桧】

「……当然、部長は先輩の脅しがブラフであるとも考えているわけですよね」


【柾】

「……」


【楓】

「このスケベがそんな深いこと考えてるわきゃあないでしょうが」


【柾】

「神目の言うとおり。八束は俺なんぞを持ち上げすぎだ。結局は先輩が本気かどうかだよ……『お願い』とやらをこっちが拒めば突きつけてくるだろうし、最後までネタばらしはしないだろうな。どこぞの諜報機関かよ。いや、まったく、やられたよ」



 画面の中で手を合わせ"お願いポーズ"の福城茉莉花。

 柾はそんな茉莉花の眼をじっと見つめた。

 ふんわりした可愛さの中に、美人特有の強い瞳が潜んでいる。

 輝くクロスのアクセサリ。文字通り交叉した選択を迫るよう。



【桧】

「どうします?(追い込まれた状況をむしろ楽しんでいるような眼。そう、そういう姿も私は好きですよ、部長)」


【楓】

「どうすんのよ?(不真面目スケベのくせに、ちょいちょい真面目な顔すんなっ)」


【柾】

「うむ……なーんも思いつかん。ここはあれだ、虎穴に入らずんば虎児を得ずってやつで、まずは放送部がどう出てくるか待つしかないだろ」


 そもそもの要求が何なのかさえわからないわけで、今更足掻いても仕方ない。まずは出方を見る。

 その点に関しては八束桧も神目楓も、英田柾の考えに同調した。


【花梨】

「でもこれって脅しじゃん? エロい展開くんじゃね? くんじゃね?」


 楽しそうに割り込んできた花梨の発言に一瞬、場の空気が凍った。


【楓】

「あんたねえ……どうしてそう、そっち方向にばっか考えるわけ? 頭ン中ピンクすぎんでしょ」


【桧】

「エロ、ですか……たとえば?」


 同意を求めた楓だったが、意外にも食い付いたのが八束桧。


【花梨】

「んー……たとえばぁ、今回のことで英田っちが退学になりそうになるのを守る為に、ヒノキーと楓たんがキモイ教師にヤられちゃう展開とか~?」


【柾】

「なんでこいつらが俺の為に身を挺すんだ。年がら年中一緒にいるくせにオッパイのひとつも揉ませてくれねえ色気の無ェ奴らだぞまったく」


【楓】

「なんでこの私がアンタにおっぱい揉ませにゃあならんのよ。アホか」


【桧】

「私は別にいいですけど……」


【花梨】

「エー。オッパイならいつも私が揉ませてやってんじゃん?」


【楓】

「………………」


【柾】

「……あのな、三者三様、言ったこっちが困るような返しをするんじゃない。『いやーんエッチぃ!』くらいの"らしい"反応を見せろ、この空気の読めない偏屈女どもが」


 柾なりの照れ隠し発言だったが、楓はペットボトルを投げつけ、花梨はダルそうにいや~んと棒読みでのたまい、桧は何故か完璧な"まいっちんぐポーズ"の素振りを見せた。

 ……しばし、微妙な空気が流れる。

 もちろん誰よりも速くこの沈黙を切り裂いたのは楓。


【楓】

「ちょ~~おっと待ってちょっと待ってぇ! なんか話がおかしくなってるっていうか、至極真っ当なこの私の意見がまるで異端のようになってるのがスッゴク気に食わない!」


【柾】

「奄美がいらんこと言うからだ。って、おい! その張本人が何もう飽きたみたいな顔してんだ」


【奄美】

「だるい……ねむい……エロい展開きたら起こしてー」


 熱しやすく冷めやすい。興味が失せた猫のように、奄美花梨はソファの上で丸くなって眠りはじめた。

 取り残された三人はばつの悪さを隠しきれず、たまりかねた桧が動画の再生を続けた。

 画面の中で福城茉莉花は、"お願いポーズ"から打って変わり、突然、真面目な口調になる。


【茉莉花】

「と、まあ、冗談はさておき。今は一人でも多くの協力が必要なの。私は目的のためにならなんでもするけど、一人で出来る事なんて限られているのもよくわかってる」


【柾】

「(やっぱり目的があるんじゃねえか。それを先に言えそれを。動画に向かって言ったってしゃあないけど)」


【楓】

「(何でもする、ねえ……?)」


【桧】

「(目的……? いや、まさか……)」


【茉莉花】

「新聞部と放送部が交わる、それはキミたちにとっても意味を持つことになる……なんつって❤」


 悪戯っぽく言った後にタイピンのクロスが瞬く。

 それぞれ心の中で「どっちだよ!」と突っこんだ。


【茉莉花】

「なおこのテープ……もとい! この動画は一度再生されたら消滅するのだー♪」


【柾】&【桧】

「(ふっる……)」


【楓】

「(……テープ?)」


【茉莉花】

「じゃあ、前向きな検討、よろしくたのんだっ!」


 茉莉花は画面に向かってウィンク。とびきりの笑顔を見せて動画の再生が終わる。

 表示していたインターネットブラウザーの中でデータ再読み込みが行われ、この動画は再生できませんと表示されている。


【柾】

「うーん……わからん。意味がまったくわからん」


【楓】

「つまり、何かしたいから協力しろってことよね? 早い話が」


 神目楓の理解が一番、素直で正確なのは間違いない。


【桧】

「ここまで回りくどいやり方には疑問も残りますが、そういうことかと」


【柾】

「劇場効果って言うんだっけか、単純なコトでも派手にやることで強い印象を与えるやつ。単純に"こういうのが好き"なだけかもしれんが」


 動画越しからも伝わってきた、茉莉花の無邪気からは敵意が感じられなかった。だから気は楽だったというのもある。

 新聞部の面々は、改めて話を聞くしかなさそうという結論に達する。

 というより、その選択しか残されていないのだから当然の帰結といえた。

 そろそろ丑三つ時。

 さすがに新聞部の面々も眠気が襲ってくる。

 そんな中、奄美花梨は気持ちよさそうに眠っていた。


 ・・・

 ・・

 ・


 ちなみに、このリビングでの騒ぎを、物陰から見守る小さなパジャマ姿があった。

 幼い体つきに艶のあるロングの黒髪。

 小笠原茅花おがさわら・つばなは随分前から物音で目を覚ましており、何事かと覗きに来てみれば見知ったいつもの面々がリビングにいた。

 お茶のひとつでも出そうと考えたけれど、なんとなく、今は自分が姿を出さない方がいいような気がしてその場に留まった。

 わいわいがやがや。

『"今回"は楽しそうでいいなぁ』と微笑むと、どこか見覚えのある美人の顔が浮かび上がった。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る