第7話
「うわああああああ!」
翌朝、アヤはそんなリョウの雄叫びのような悲鳴で起こされた。
「ん……どうかした」
「気球! 気球があああああああ!」
時計を見ながら半泣きになっているリョウを見て、アヤも時計に目を移すと、八時二十分。
「気球、七時集合やってん……。飛ばすの、早朝しか無理なんやって」
眉の形が時計とおそろいになって、がっくりと肩を落とすリョウ。前夜、少々ハッスルしすぎてしまったのかもしれない。実際、リョウが抱く側の時、複数回に持ち込むのは珍しいことだった。
「なにげにメインイベントやったのに……」
リョウは本当に今にも泣き出しそうになっている。こんな時、励ましたり慰めたり元気づけるための語彙、ましてや代替案をさらりと出せる経験値や引き出しを、アヤは残念ながら持ち合わせていない。
「リョウ……」
ただ寄り添って、気持ちを汲み取ろうとするアヤに気づき、リョウは正気を取り戻した。
「あ、ごめん……過ぎてしもたもんはしゃあないよな、とりあえず朝飯行こ!」
リョウを気遣うアヤの優しさへの喜びと、そして気球の無念とがない交ぜになった歪な笑顔で、リョウはアヤの手をとった。レイトチェックアウトであることが不幸中の幸いだった。
朝食はホテルの定番、レストランでのブッフェ形式。リョウは朝からもりもり食べる。家ではトーストだが、こういう場ではご飯にいろいろなおかずを取って食べるのが楽しい。和食のおかずはもちろん、スクランブルエッグやボイルされたソーセージなど、本来パン食に合わせるものを自由に組み合わせられるのが朝食ブッフェの魅力だ。
今朝も和洋折衷、さまざまな種類を少量ずつ綺麗に皿に盛ってテーブルへ戻ると、アヤはリョウの到着を待たずに箸をつけ始めている。普段ひとりの時は朝食など摂る暇があったらその時間寝ていたい、というタイプのアヤにしては珍しく、積極的に食と向き合っている。意外だと驚きながらも微笑ましく見つめるリョウ、しばらく見ていると気づいたことがある。
アヤが食べているのはひたすら野沢菜漬と白飯。せっかくこんなたくさんお種類のおかずが取り放題やのに、せめて味噌汁ぐらい、とリョウはもったいない気持ちになるが、アヤが好きでやっていることなのだから口出しはするまい。ついひょっこりとたびたび顔を覗かせる「口やかましいオカンキャラ」は封印だ。
「野沢菜漬、買って帰ろな」
「うん」
返事もそこそこに、機械のように飯をかき込むアヤを見て、リョウは幸せそうに笑った。毎朝、こうしてふたりで食卓を挟んで朝餉に向かう、そんないつかを夢見ながら。そのいつかは今でなくてもいい、と思える余裕が出来た今日この頃である。
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