努力するカメー②
「努力は裏切らない」
その言葉は元兵隊である叔父の口癖だった。彼が兵士の中でもかなり高い地位にいたことは再三聞かされていたため、僕はその言葉が紛れもない事実だと信じ切っていた。それもあって、今までの100日弱を休むことなく練習し続けられたのだ。
ただ自身の成長をハッキリと自覚できずにいた。己にも他人にも厳しい叔父が「見違えた」と言うのだから、変化はしたと思う。でもやっぱり不安なものは不安なので、僕はとある旅人の女性に1つの依頼をした。それは、僕の対戦相手になり得る相手についての敵情調査である。
剣術大会はその年に14となる人物から出場が認められる。この時、「大人の部」と「子供の部」の2つに分けられるのだが、14歳に限ってはその歳の子供のみで大会が行われる。経験者と未経験者とで公平を記す為だという。つまり、他の部と比較して出場する母数が少ない為、対戦相手が簡単に割り出せるのだ。
旅人の女性は常にスーツケースを連れて行動する変わった人物だったが、彼女なりに精一杯動いてくれたのは十分に痛感していた。対戦相手が練習で何を行っているのか、コーチからどのようなダメ出しを受けているのか等を知らせてくれたので、予想以上に参考になったのだ。
「……いける」
自信を持って僕は呟いた。右の掌をグーパーと開く。カチカチに固まったマメだけが、今までの積み重ねの証明だった。誰よりも努力を重ねてきたのだ。……なら、報われるに決まっているだろう。
頭の中に
「この
「次の
「え、あ、はい!」
僕はこけそうになりながら受付へと向かった。
今日は待ちに待った収穫祭だ。
─────────
結論から言うと、僕は気持ちの良いほどに無双をした。
剣を扱う技術はもちろん、足捌きや冷静さも僕は頭ひとつ抜けていた。筋力でのみ剣を振るう対戦相手の一振りを時には剣の腹で受け、時には軽やかな身のこなしで
「勝者! タース!」
この日4度目の勝者コールが行われた。僕が剣を持つ右手を高々と掲げると、見物人たちが大きくどよめいた。
「フッ……」
完璧だ。完璧じゃないか。驚くほどに上手くいっている。そのどよめきを背中で受けながら、僕はそんなことを思わざる得なかった。
「そんな考えでは足元を救われるぞ」 ……伯父さんならきっとそう言うだろう。大丈夫だよ、叔父さん。僕は油断をしているわけじゃない。ただ、事実を言ってるだけなのだ。
デカデカと張り出されたトーナメント表を見てみると、僕の名前から太く赤い直線がピーッと上方向に伸ばされていた。次はついに……
「決勝戦だ」
自然とニヤついていた頬を、僕はパンパンと叩いて矯正した。まだだ……まだ、笑うなタース。相手はこの厳しい試合を勝ち抜いてきた猛者だ。万が一ということがあるかもしれない。
「……自分のやってきたことだけを信じろ」
自分自身にそうやって言い聞かせる。いい感じに身体に力が入った。緩みすぎず、硬すぎず……いつだって臨戦できる。
そうやって自分自身を鼓舞していた時だった。
「タースくーん!」
ふと呼ばれた声。凛と通ったその声には大きな心当たりがあった。振り返るとそこには手を高く挙げ手を振る白髪の女性が一人……その脇には大きなスーツケースが。
「カリュさん!」
「すごいじゃん。あっという間に決勝だ」
トーナメント表を見ながらカリュさんはそう言った。
「もしかしてずっと観ててくれたんですか!」
「…………ん!」
「え?」
「…………ぅん!」
「どっちですか?」
「観てたよ」
カリュさんの目がスーッと泳いだことを僕は見逃さなかった。口の端からハァ、とため息が漏れ出る。
「観てないなら観てないといってくださいよ」
「いや、1回戦は観てたよ? ほんとに」
「それからは?」
「……」
「口元にケチャップがついてますよ」
「え、うそ」
「嘘です」
「……卑怯だ」
しかめっ面を浮かべるカリュさん。まぁ、祭りを楽しんでくれているのはこの街で生まれ育った人間として嬉しくあるが。カリュさんはぶつぶつと何か独り言を呟いていた。なんか「ハリケーンポテト」だの聞こえてきた。
「……とにかく。次がやっと決勝戦です。ちゃんと自分の力を出し切るんで……そしたら僕は……」
頭の中に浮かんだのは微笑む茶髪の少女……マリーだ。屈託のないその表情は僕の記憶に焼き付いて、片時も消えたことなんてない。彼女のことを思うと僕の心はどうしても熱くなった。
───もうすぐ届くんだ。
「あのさ。タース君」
そうやって感傷に浸っているとは知る由もないカリュさんは、容赦なく僕に話しかけてくる。ため息をつくのは心の中だけに留めて、僕は……
「何ですか?」
と言った。
「いや、あのね……」
一方でカリュさんは、先ほどまでの砕けた態度とは違ってちょっと
「試合前にね? 言うのもズルいかなって思ったけど……でもやっぱ言っておいた方が、その方がケジメがつくと思ったから」
「……?」
要領を得ないカリュさんの言葉を僕は噛み砕くことができなかった。
「どういうことですか?」
「ちょっと謝っておかないといけないことがあるから」
もちろん僕にはカリュさんに謝られる心当たりなんてなかった。
「謝る……ですか?」
僕がそうやって聞き返すと、その瞳を僕一点に見据えたカリュさんが大きく頷いた。
「私、この1週間タース君に色々と情報を伝えたよね?」
「ああ、はい……大変役立ちましたけど」
実際のところ、相手がダメ出しを受けていたような箇所を突くプレイングをすると、多少なりとも手応えが感じられたのだ。カリュさんが掻き集めてくれた情報に僕は十分満足をしている。……だからこそ彼女の謝罪には合点がいかない。
「その時に私、実は伝えなかったことがあるの」
「伝えなかった……」
「うん。わざとね、わざと」
「それは……えっと、何でですか?」
「そういう約束をしちゃったからさ」
「やく……?」
オウム返ししかできない僕。何がなんだ状態で、自身のボサ毛を掻くことしかできない。
何から聞こうか、その言葉を探していた時だった。
「おぉおおおお!」
そうやって、見物客が大きくざわめいたのだ。向こうの試合スペースで行われているのは、剣術大会の準決勝……つまり僕の対戦相手を決める試合だ。こんなにも騒がしくなるということは決着がついたということだろう。すぐに勝者コールが響き渡るはずだ。
「勝者!」
そら来た。さぁ、誰だ? カリュさんとの会話を一時中断して、僕はソレに耳を集中させる。
……しかし、告げられたその名前は。
「……ラビ!」
瞬間、僕の身体が熱を帯びた。ラビ……常日頃から僕のことをバカにする
気に食わないそいつが最後の相手。その事実が僕の中をぐるぐると回った。
───やってやる。
僕が歩んできた長い、長い道のりの終わり……その障害として最適な壁だ。
─────────
「よぉ、カメ野郎! てめー如きがよくここまで勝ち進んで来れたよなぁ? いいだろう! 俺がテメーを砕いてやるよ!」
そんな台詞をほざきながら、フハハハハと高笑いをするラビ。彼の金色の髪が揺れた。いつものラビだ。相変わらずこいつの一挙手一投足、そして一言動に至るまで僕は気に食わない。
「……」
───でも。そんなのを態度に出すほど僕はバカじゃない。常に自分のペースを意識するんだ。そうやって言い聞かせ、スーハーと僕は深呼吸をした。昂った気持ちが澄んだ水面のように収まっていく。
前方にデンと構えるラビに、僕は自身の剣を向けた。
「僕はこんなことじゃ怒らないよ。いいかいラビ、僕はもう君が知っているタースじゃないんだ」
「あん? じゃあカメか?」
「カメでもない! 分らせてやるよ」
こんなに挑発的な発言をかましたのは初めてだ。怒るだろうか? そう思ったが、ラビは存外に冷静だった。彼もまた僕の目でも刺すかのように剣を突き立てたのだ。そして
「やれるものなら、やってみろ?」
ニタァと張り付いたような笑みを浮かべた。完全に舐め腐られてると思った。それもそうかもしれない。認めたくはないが、今までの僕ではラビに何ひとつ叶わなかったのだから。
でも今回は、今回ばかりは違う。ずっと前から僕はコツコツと積み重ねをしてきたのだ。この日のためだけに。ならば負ける道理なんて、何もないだろう。
「努力は……裏切らない」
「あん?」
「何でもないよ、ラビ。さあやり合おうよ」
間もなくして試合開始のゴングが鳴った。その試合で僕は───
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