努力するカメー①

 とある地方にある、とある小さな街……の中にある、とある小さな宿屋。

 そこの一人息子である少年、“タース”は今。


「そこを何とか! 何とか! よろしくお願いできませんか!?」


 全身全霊の土下座をかましていた。 誰に?


「いや……そんなに頭を下げられても」


 ───私に。


 年季はこもっているが、掃除が行き届いている宿の部屋。適当に観光を終えた私がそこへ案内された時に宿屋の一人息子である少年、タースは私に頼みを申し出てきたのだ。現在私はベッドに腰掛け、タースは床に頭を擦り付けている。 


……私って謝られたり、頼まれることが多すぎやしないだろうか?


 おさげの1つをくるくる指で巻き付けながら、小さくため息を吐いた。部屋の奥にある柱時計を見ると、もう8の針を回っていた。かれこれ20分も経過していることになる。


 後ろ髪を掻く私の口から「あー……」と無意味な声が漏れ出た。とりあえず目の前のコレをどうにかしないとならない。


「……あのさ、頭上げてもらっていいかな? ずっとその姿勢のまましんどいと思うんだけど」


 私も。


「いや! カリュさんが認めてくれるまで僕は止めないです!」

「え、タチ悪い……」

「忍耐力には自信があるので!」

「誇れないよ今回の場合は……とりあえずさ、もう一回事情を話してもらってもいい?」


 私はそう言いながら、宿泊部屋に備え付けられた木組みの椅子を彼の前に差し出した。


「でも!」

「いいから……私、土下座はちょっと苦手なんだ」


 脳内にとある快活な女性が思い起こされた。


 タースは渋々といった感じで土下座を止め、椅子に座った。

 私はゴホンと咳払いを一つ。


「もう一回最初から話してもらっていい?」

「! 話をしたら協力して───」

「話してもらって、いい?」

「……はい」




 ─────────




 ジリジリとした暑さに包まれる夏季が終わり、徐々に過ごしやすい気候に変わる頃合い。この街では大きな祭りが開催されるそうだ。いわゆる収穫祭と言われるもので、街並みを飾りつけたり、地元のお店が軒並み屋台へと形を変えるらしい。


 メインのイベントは、豊穣神を模して作られた大きな人形によるパレードだそうだが、それが行われる時間前後では寸劇や大道芸など結構多くのパフォーマンスが執り行われるのだという。……そしてそのようなイベントの一つにあるのが、


「剣術大会」


 タースは私の目を見据えながらそう言った。


 剣術大会。真剣ではなく、木剣を用いて1対1で闘う試合なのだという。頭を捉えたら◯点……みたいな? 感じらしい。タースはこの大会に出場するのだという。


「祭りが行われるのは今からちょうど1週間後……カリュさんはそれまで滞在するんですよね?」

「まぁ、聞く感じは面白そうだから」


 昼間観光をしていた時にも、1週間後の祭り開催を伝える張り紙をいくつも見た。街の方々の話を聞く感じでも結構盛大な祭りらしいから、割と興味を惹かれたのだ。


「えっとですね……そうやって1週間滞在するカリュさんに折り入って話があるんですよ!」

「近い、近い……」


 その身を乗り出して少し興奮気味に話すタース。私は自身の顔を少し歪めた。


「……で、えっと何だったっけ?」


 私がそう聞くと、タースは「フッ」と笑いこう言ってみせた。


「カリュさんには1週間後の剣術大会に出場する奴らの敵情視察をお願いしたいんです!」


 …………。


「敵……えっと?」

「敵情視察です!」

「……」


 タースにはどう見えているのか不明だが、今の私はものすごく怪訝な表情をしていることだろう。何回聞いてもこんな表情になる。


「……つまり、タース君の対戦相手の弱点を探ってこいと」

「はい、そういうことです」

「あー……なんで私?」

「こういうのって変に僕の関係者だと分かってしまうと警戒されちゃうじゃないですか? だから旅人のカリュさんにお願いしたいんです!」

「はあ」


 理屈としては、まあ……。


「でも、そんな探ったところで……タース君に有益に働くかって言われたらちょっと難しいと思うけれど」

「そんなことないですよ! 絶対力になります!」

「そ、そう?」

「そうです!」

「…………」

「あ、もちろんタダでとは言いませんよ! 宿代は全く出さなくて構わないので!」

「……タース君にその権限あるの?」

「……いや、溜めていたお金を切り崩してです」


 ハァ、と私は小さなため息を吐いた。


「……まぁ、別に滞在する1週間をさ? どうやって時間潰そっかなーとは思っていたから、にべもなく断るつもりはないんだけども」

「本当ですか!?」

「タイム、タイム……もうちょっと話させて。 えっと、気になったのはその……理由かな」

「理由、ですか?」

「タース君は剣術大会で絶対に勝ちたいんだよね?」


 タースは大きく首を縦に振った。彼のモジャ頭がフサっと揺れる。


「敵情視察なんてそんな大それたこと考えてるってことはさ、相当な執念があると思ったんだよね。そこまでして勝ちたい理由って何か知りたくて」

「そ、それは……」


 私がそこまで言った時に、今までとは打って変わってタースの口調はたじたじになってしまった。


「ちなみに黙秘を貫く場合は協力しません」

「え゛」

「すごい声が出たね」

「……その場合は宿代を自腹で払ってもらいますよ?」

「まぁ、元よりそのつもりだった訳だから」

「うっ……確かに」


 逃げ場の無くなったタース。逡巡しゅんじゅんをしているのか、その眼が右に左に行ったり来たり。しかし最後には大きくため息を吐き、


「分かりました……言いますよ」


 渋々と言った感じで了承をした。


「ただし……絶対誰にも話さないと約束してくださいね」

「ん、分かった」


 私がそう了承をすると、タースは大きく息を吸い込んで吐いた。そして小声で「よし!」と。


「では……言いますね」

「うん」


 彼はゴクリと喉を鳴らし、小刻みに震える口を開きこう言ってみせた。




「実は僕…………この剣術大会で優勝できたら、幼馴染に告白するんです!」




 ───あらあらあら。


 私は思わず自身の口元に手を添えてしまった。


「ちょ……笑うことないじゃないですか!」


 顔を真っ赤にして訴えるタース。その眼には涙の粒が溜まっている。


「ごめん、ごめん。笑った訳じゃないよ。ただ……結構可愛らしい理由だったから。何ていうのかな? 微笑ましい?」

「やっぱ笑ってるじゃないですか!」


「うう……」と呻き声を漏らしながら顔を両手で覆うタース。

 ……確かに多感な時期な訳だし、好きな人が〜系統の話は衝撃がちょっと強すぎるか。


 ───まっ! 私は好く好かれるとは無縁な人生を歩んできた訳だけど!


「うう」

「何でカリュさんもダメージを受けているんですか」

「うるさい」

「えぇ……」


 しばらく心に受けた傷が癒えるのを待った後、私とタースは話の続きを始めた。

 

 先ほどのカミングアウトこそがタースにとって山場だったらしく、彼はスラスラと身の上を語っていった。


「僕、10年前からの幼馴染がいるんですけど……あ、名前は“マリー”って言うんですけど、結構前から好きなんです」

「うん」

「でも僕……今まで自分に自信が持てなかったんです。別に勉強とか運動が得意なわけではないし、性格だって僕より良い奴ってたくさんいるんです。……でもマリーは性格が明るいし、勉強も結構できて、顔だって可愛い。釣り合わないなって思ったんです」

「うん」

「でも14歳になった今、焦り出したんです。───僕はずっと片思いをしたまま大人になっていくんじゃないのかって。気持ちを伝えることなく大人になっちゃうんじゃないかって!」

「……うん」


 “気持ちを伝えることなく” ……その言葉には私も思うところがあった。


「それに……もしかしたらマリーが好きな男子がいるかもしれないんです」

「好きな男子?」

「そうです!」


 突然、タースの語気が荒くなって、私はちょっとだけ驚いた。


「そいつは……“ラビ”って名前なんですけど、僕はそいつが嫌いなんです」

「どうして?」

「……一番は僕のことを悪く言うからです。一々煽ってくるんですよあいつ。僕のことを動きがのろいからって『カメ』って呼んでくるんです」


 タースの両手がギュッと握られた。結構ストレスに感じているらしい。


「……でも僕はあいつに言い返せないんです。ラビは大して努力もしないのに、大抵のことは出来てしまうんです。勉強も運動も僕は何一つ勝てないから」

「なるほど、ね」

「別にそれだけだったらよかったんですけど、最近ラビのやつがマリーと楽しそうに話す姿を何回も見ちゃって……」

「そのマリーちゃんって子は話す時、みんなとそんな感じじゃないの?」


 タースは首を大きく横に振った。


「確かにクラスのみんなと仲良く話すけど、ラビと話す時は特別感じが違う気がするんです!」

「なるほどねぇ……」

「だから! ラビとマリーがくっついてしまうのも時間の問題な気がするんです! その前に僕はちゃんとマリーにこの思いを伝えたいんだ!」


 立ち上がり熱弁をするタール。私は思わずパチパチと拍手をした。


「……でもすぐに告白なんて出来なかった」

「釣り合わないと思ったから?」

「……はい」


 そう言うこと考えずに、当たって砕けろの精神で行って欲しいと言うのが本音のところだが、きっとそう言っても無駄だろう。


「だから僕は優勝すると誓ったんです! ───剣術大会で!」


 剣術大会で優勝する。それはタースにとって自信を持つための行為なのだろう。ケジメをつけると言い換えてもいいかもしれない。


 ……すごい熱量だと思った。私が持ったことのないような感情……彼は今それに襲われているのだろう。無い物ねだりというのだろうか? 私には羨ましく思えた。


「3ヶ月前からずっと練習を続けてきました。毎朝1時間は素振りの練習、放課後……宿の手伝いが終わってからは走り込みと筋トレも。週末には近くに住んでる叔父に稽古をつけてもらっているんです」

「叔父さんって剣の扱いができるんだ」

「元兵隊なんです。大きな街の」

「へぇ」


 強面な表情をした大柄な男を私は思い描いた。


「この3ヶ月間、自分にできることは全てやってきたつもりです。だから自分の力量にはある程度の自信は持てるようになりました。ただ……周りがどれだけできるか分からなくて、それが不安なんです」

「あぁ……だから敵情調査を」

「お願いしますカリュさん!」


 直角に頭を下げるタース。相当な覚悟で私に頼み込んできていることは嫌でも理解できた。敵情調査というのも、藁にもすがる思いで……ってことではなかろうか? 


「……」


 まぁ、ね。断ろうにもね。


 私は小さく息を吐いて一言。


「───分かった」

「本当ですか!?」


 その場で両手を大きく上げるタース。


 それは剣術大会で優勝してからにすればいいのに……という言葉は呑み込んだ。タースの表情は本当に嬉しそうだったから。いい子だな、何て思ってみたりした。口には出さないが。


 ───宿代分くらいの働きはちゃんとしよっか。


 肩をすくめながら、私は口を綻ばせた。




 ……まぁ、1週間後、私は彼の頼みを裏切る形になってしまうのだが。


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