のどかな田園の村にてー②

「わしゃ見てないねぇ……キョウちゃん。あぁでも昨日も一昨日もあっこのぉ土手んとこにおったのは覚えておる」

「俺は見たぜ! キョウ坊だろ? 今朝とぼとぼとそこん通り歩いてよったわ!」

「私も見たわ。だからその人が言っている事は本当よ」

「お昼前だったかな……僕の店にやってきたよ。店先のおもちゃを眺めていた」

「違う違う! あれはジュウゾウんとこの一人息子だろう? 名前は確か……」

「俺たち今日いっしょに遊ぼーってキョウんこと誘ったんだけど、それであいついいよって言ったけどやんかった!!」

「はいはい! 皆さん落ち着いて! まずは状況を整理しましょう」


……。


「……どうしてこうなった」


 最後の声は私だ。もちろん、喧騒にも近い村人たちの会話にその声はかき消されてしまった。


「この中に一人だけ嘘つきがいます。誰でしょう?」と訊かれても違和感のない、推論ゲームのようなやりとりはその後しばらく続いた。 ……むしろ、人々が集まることで悪化の一途を辿ったほどだ。


 結果10分程度は収まりがつかず、守衛さんが必死に呼びかけることでやっとしずまった。


ゴホンと大きな咳払いをする守衛さん。彼は村人たちに向かってこう呼びかけた。


「えぇ、皆さん。ソノカさんの家の一人息子であるキョウ君が今朝8時ごろから見当たらないらしいです。どなたか心当たりがある方がいれば、私のところまでご一報をお願いします!」


「一人ずつですよ!」と付け加えた守衛さんの周りに、再び多くの村人が詰めかけた。キョウがいつ、どこで、何をしていたのかを守衛さんに訴える……


 私とセイはそんな様子を少し離れたところから見届けていた。


「えっと、何だか話が大きくなっちゃったね」

「カリュさんが旅してきた街ではそうじゃないかもしれないけど、この村のみんなはすごくお人好しなんです」

「お人好し?」

「お互い助け合って生活してるから……だから、子供が一人が見当たらないってなったら大きな事件なんです」

「だから守衛さんに話しかけたら、あんなことに」


 私とセイが、キョウが見当たらない旨を守衛さんに話したところ、彼は血相を変え村人たちに聞いてまわってしまった。その結果がこれだ。


なるほど、セイが村人に話すことを遠慮していたのはこういうことだったのか。正直私の中では困惑という気持ちで満たされる他ないわけだが。


「……はい、はい分かりました。皆さん! 一度私の元へ集まってください」


 村人たちが守衛さんの元へ集まる。私とセイも。


「皆さんのご協力により、どうやらキョウ君は西の森の中にいる可能性が高いことが分かりました。ということで、今から捜索に同行してくれる有志の方を集めたいと思います!」


 どうやらキョウの現在地を知っている村人はいなかったらしい。しかしながら、最も新しい目撃情報から大体の位置の目論見が立ったらしい。子供の足であることも考えて、そこから大きな移動はないだろうという判断だ。


 守衛さんが有志を呼びかけるとすぐに村人の多く───特に男性───が挙手。大柄の中年男性が挙手した彼らのことを仕切り出した。やがて話がまとまったらしく、有志の人々が円陣を組み野太い雄叫びを上げた。そして各々の家へと一度帰っていく。色々と準備があるらしい。


間もなくして、先ほどまでの賑やかさが嘘のように場は閑散とした。


「私はどうしたものかな……」


 そうやって呟いてみた。別に私がキョウの捜索に加わる意味はない。土地勘をかんがみても力になれるとは思わないし、何より捜索に加わるメリットがない。退散するタイミングとしては今が最適だろう。


だったら、宿屋に行き旅の疲れを癒せばいい。スーツケースの洗浄を行えばいい。


いいのだが……。


 チラッと横を向いてみる。そこには村人から励ましの声を受けるセイの姿が。彼女は笑みを浮かべているが、私にはそれが明らかにムリをしているようにしか見えなかった。引き攣った笑みだ。


 ………………。


「……あのさ」


 自然と足が動き、気づいた時にはセイの目の前にいた。




 ─────────




 森の中は存外手入れされており、思っていたより歩き辛さを感じることはなかった。ただ、あまり見通しが良くない。枝分かれの多い木々がそこら中から生えており、それぞれの木が葉を繁らせているわけだから遠くを見通そうとすると視界が遮られてしまう。光量も少なく、迷子を探すにはあまりいい環境とは言えないかもしれない。


(ちゃちゃっと見つけたいね、スーちゃん)


 手に引くスーツケースは、村に到着した時よりも一層土やら泥やらを被ってしまった。色が淡い茶色であるため、目立ちにくいのは幸いだが。


「あの!」


後ろから呼び掛けられた声に私は振り向いた。


そこには眉を潜め、私を見上げるセイの姿が。


「どうしたの?」

「あの……本当に良かったんですか? その、付き合わせてしまって」


 セイは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。少し前から思っていたが、彼女の振る舞いだとか態度は大人びているところが大きい気がする。迷惑をかけまいと協力を躊躇ったところなどが、だ。


それが悪いことだとは言わないが、年相応であって欲しいと思うのは私のエゴだろうか? なんて昔の自分に重ね合わせてみる。


私はセイの目線に合わせるために身をかがめた。


「別にいいよ、これくらいなら。私だけ何もしないっていうのも薄情ってやつだから」


彼女の頭を一撫ですると、私はすぐに立ち上がった。


間髪を入れずに隣にいる男性に話しかける。これ以上お礼を言われるのは少し居心地が悪かったから。


「この森の中って人の出入りが多いのですか?」

「ん? あぁ、生活に必要なものを揃えたりするためにな。でも基本子供だけでは森に入ってはいけないことになっている。危ないからな」


 同行者はセイだけではない。私は余所者よそものであり、セイは子供だ。だから村の青年が一人、私たちのグループに付いた。現在は3〜5人程度の少人数のグループで手分けしてキョウの捜索を行っている。


しかしながら小一時間が経っているにもかかわらず、キョウはまだ見つかっていない。


そこまで大きな森でもないことから、私の中でキョウは別の場所にいるのではないかと言う疑念がふつふつと沸いていた。


「キョウくーーーーん!」


 出来るだけ通るようにとお腹から声を出したが、答えが返ってくることはない。


「キョウ!!!」


 セイの呼びかけも空振りに終わる。残響だけが虚しく返ってきた。


「参ったなぁこら」

「あの、子供だけで行きそうな場所って心当たりありませんか?」

「ん? あー、俺がちっちゃいときはたまに森ん中探検したものだが……あぁそっか。なぁセイ、子供だけで森ん中入ったりとかしたことあるか?」


青年がそう話を振ると、セイの肩が少しだけ跳ねた。


「えっと……」

「別に怒りゃしねえって」

「……何回かは探険ごっこって感じで入りました。でも2年前とかの話で最近は全然……」

「そんときはどこいった?」

「確か、あっちの奥の方で」


 セイが指差した方向は少し森の奥の方で、村の若い男性達が中心となり捜索を担当している区域だ。


「あーあっちか……」


明らかに青年の顔がしかめた。


「何かあるんですか?」

「いや、あの辺りは水捌みずはけが悪くてな。雨の後とかは危険なんだよ。土が泥っぽくなってたり、地面が柔らかくなって木が倒れたりだとか───」

「ちょっと! それは」


 私がそう叫んで、青年はようやく口をつぐんだがもう手遅れだった。セイの顔が歪んでいく。唇を噛み必死に堪えようとしたみたいだが、虚しく決壊した。


「…………っ」


 声にならない嗚咽を漏らすセイの目からポロポロと涙が零れ落ちた。その場にうずくまり、その顔に右手を押さえつける。小刻みに震える背中からは、私と出会った時の元気さを想像することができない。


 私はセイの背中を撫でた。そこまでは良かったが、かける言葉が見つからない。「大丈夫だよ」「無事だから」 ……そんな根拠のない励ましの言葉だけが脳内を駆け巡った。少なくとも、私ならそんなものは要らない。貰ったってどうにもならない。


そう思ってしまうからこそ、私はそれ以上に何かを言えないが。


「…………」


何だって、かける言葉がない。


(どうすれば、いいんだろ)


セイのすすり泣く声が響く森の中で、その状況を破ったのは付き添いの青年だった。


「さっきは悪かったな。心配させるようなこと言っちまって」


 青年がその身を屈め、セイの頭をわしゃわしゃと掻き撫でた。セイがその手を振り払おうとしても青年はやめようとはしない。


「絶対見つけてやる」


 おまけに青年の口から出たのはそんな言葉だったのだから私は目を丸くした。


「絶対見つけてやるからよ。んな泣くなって。大丈夫だよキョウは」


(“絶対”……“それに大丈夫”)


青年が何の根拠もなくそんな言葉を零したのは明らかだった。


私は青年の言葉を口の中で反芻はんすうした。やはりどうしてもその言葉を飲み込むことが出来ない。容認なんてできない。


見かねた私は青年を止めようとした。


「あの───」

「ほんとに! ……ほんとに無事で見つかりますか?」


見上げるセイ。その頬は赤く紅潮している。


「ああ。俺たちを信じろ」

「……うん」


 青年の言葉にセイが頷き、立ち上がる。涙を袖で拭った彼女はまだ嗚咽おえつが治らないものの、先ほどまでの悲しみに打ちひしがれる姿はもうなかった。


「行こう!」


 ましてやその顔に笑みを浮かべ、前方を歩いていく。青年が苦笑いを浮かべその後に続いた。


「……」


 私は後ろから眺めていた。眺めることしかできなかった。私から乖離かいりしていく彼らの背中を。

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