第1249話、炎と風


 時間は少しさかのぼる。

 ジンたちが、超巨大浮遊物体と遭遇するほんの少し前。戦場より遠く離れたところを、1隻の航空艦が飛行していた。


 アペイロン級高速戦艦。全長290メートル。正四面体型の砲塔、通称三角主砲を4基、大出力三角砲を同じく4基、艦首にに50インチ魔法衝撃砲2門を備える大型戦艦である。


 スティグメ帝国の遺産兵器の中で旗艦級とも言われる大型艦だ。パライナ級戦艦より小さいが、その火力と機動力は圧倒している。

 その艦橋、司令官席にプラチナブロンドの少女、ハル長官が鎮座していた。退屈そうに軍帽のメッキをいじっているハルだが、周囲の空気はとても張り詰めていた。


 この古参吸血鬼が、トコトン冷酷で同族でさえも気に入らなければ殺すことでもっぱらなのを知っているからだ。

 ミスをすればどうなるかわかったものではないので、艦橋にいる吸血鬼兵たちも緊張を隠せない。


「長官、艦隊本部より入電であります」


 アペイロン艦長のニーケがかたわらにやってくる。長身の女性吸血鬼である。少女体型であるハルと比べると、余裕で大人と子供のそれに見えてしまう。


「読みなさい」

「はい。……『発、艦隊司令部。エスカトン、ケントロン両攻撃要塞、浮上。敵艦隊を撃滅せんとす』以上です」

「ふうん。まあ、要塞まで引っ張り出すのだから、それくらい当然ね」


 ハルは淡々と言った。


「私も時々分からなくなるのだけれど、どっちがどっちだったかしら?」

「はい。『エスカトン』がプロヴィア、『ケントロン』がヴェリラルド王国です」


 現在、地上世界へと通じる大穴。それぞれに1機ずつ、攻撃要塞と呼ばれる遺産兵器をスティグメ帝国は投入したのだ。


「大きいというのも面倒よね」

「出入り口が限られますからね。他の攻撃要塞が地上に出られないと聞いております」

「天井の岩盤を吹き飛ばせばいいのに」


 ハルの何気ない口調での発言に、ニーケ艦長は「はあ」と小さく苦い笑いを浮かべるしかなかった。地下都市の頭上の岩盤を飛ばすと簡単に言うが、飛ばした岩盤のいくらかは地下都市に降り注ぎ被害を与えることだろう。


「要塞は出られませんが、小さなものなら転移陣で出られます」


 このアペイロン級『スィンヴァン』のように。ニーケ艦長は言ったが、ハルはギロリと目だけで睨んだ。


「いま、話を逸らそうとした?」

「いえ、とんでもありません!」

「そう」


 興味をなくしたように、ハルは正面に向き直った。その時、通信士が振り返る。


「艦長、偵察機より入電。地上軍と思われる艦隊を発見。航空母艦を中心とする機動部隊の模様」

「数は?」

「戦艦級2、空母8、巡洋艦12、小型艦18」

「プロヴィア北で交戦する連中の増援か?」


 ニーケ艦長は考える。偵察機が寄越した位置情報から、この空母機動部隊は戦場から遠すぎる。


「如何いたしますか、長官」


 艦長が指示を仰ぐ。ハルは軍帽を被った。


「プロヴィア北で交戦中の連中の増援なら『エスカトン』で問題ないのだけれど……せっかくだわ。ちょっかいを掛けてやりましょ。一番隊、二番隊、発進」


 長官命令に、艦長はすぐさま搭載している鬼神機隊に出撃を伝達する。


『スィンヴァン』の格納庫からカタパルトへ鬼神機が移動。順次、発艦位置につく。ハルは司令官席のコンソールパネルを操作し、通信機のスイッチを入れる。


「ペトラC、いきなりで悪いけど、よろしく」

『本当に悪いと思ってる? ハル』


 通信機から強気な女の声が返ってくる。


「さあ、どうかしら。戦果を期待しているわ」

『あいよ。……ペトラ・C。セア・ピュールE、出る!』


 左舷カタパルトから、炎の魔神機セア・ピュールによく似た鬼神機が飛び立つ。女性型の女神機、ツインテール付きのそれは鬼神機として新たな姿を得ている。


『姉貴よ。あたしには声を掛けてくれないのかい?』


 新たな女の声に、ハルは自然と手を振った。


「はいはい、期待してるわ、エルC」

『まっかされた! エル・C。セア・エーアールE、出るぞ!』 


 右舷デッキから、風の魔神機に似た鬼神機が発艦した。


 炎の赤、風の緑が飛び立ち、その後続に鉄血親衛隊所属のリダラ・リュコスが3機ずつ随伴ずいはんする。

 こちらはリダラタイプの改良型であり、背中の大型飛翔ユニットと機体の意匠から、より悪魔チックなスタイルをしている。


『スィンヴァン』から飛び立ったのは僅か8機。しかしハルは、それに微塵みじんも不安を感じていない。



  ・  ・  ・



『後方より、未確認の魔人機を捕捉ほそく! その数8!』


 ウィリディス第3艦隊、装甲空母『アーガス』。アーリィーは艦橋で、その報告を受けた。


「未確認の魔人機?」

識別しきべつデータと照合」


 シップコア兼ディアマンテ・コピーであるアダマースは専用端末にアクセスする。


「信じがたいことですが、セア・エーアール、セア・ピュールに似た機体と、リダラタイプの改造型を確認しました」

「風の魔神機と……確かピュールは炎の魔神機だったよね」


 アーリィーもデータを参照する。ジンとディーシーが持ち帰った古代文明アポリトのデータに、それはあった。


「でもエーアールは、ジンの『バルムンク』にあるし、ピュールのほうは魔法文明時代に破壊されたって聞いたけど」

「魔神機のデータを流用した新型でしょうか?」

「そうかもしれない。……敵、だよね?」

「――ですね。偵察機、撃墜されました。制空隊に迎撃を命じます」


 アダマースは艦隊防空の戦闘機隊を動かす。TF-1ファルケ、TF-5ストームダガーの小隊が航空管制を受けて配置につく。


 アーリィーは胸騒ぎがした。


「待機している戦闘機も出して。敵は魔神機だ。手強いよ!」

「アーリィー様、どちらへ?」

「ボクも迎撃に出る。魔人機隊も直掩の準備させて。後の指揮は君に任せる」

「承知しました!」


 魔神機の改造型であれば、パイロットによっては一騎当千。こちらも魔神機をぶつけるしかないかもしれない。アーリィーは白き魔神機リダラ・バーンへと急いだ。

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