第1240話、降伏受諾
ガニアン王子は、リヴィエル王国軍――つまり、パッセ王に降伏した。
俺はその旨を、上空の艦隊にいるパッセ王に報告した。
『そうか、よくやってくれた』
魔力通信を通して、パッセ王から直接
俺は、降伏の条件として、反逆に加担した貴族と重臣、その家族――所謂処罰対象への処刑はなし、国外追放で手打ちにすることを、はっきりと伝え、王の承認を受けた。
艦から、リヴィエル王国代表として、パッセ王の忠臣であるアシエ将軍が、降伏の正式確認のためにやってくることになった。
その間、反乱軍側の各部隊では武装解除の準備が進められることになる。
「……というわけで、シュカ・マラハ殿」
俺は、大帝国の将校――交渉の場で散々水を差してくれた彼に告げた。
「あなた方、大帝国の方々の選択肢は三つだ。降伏し捕虜となるか、国内から速やかに退去するか。徹底抗戦し、全滅するか」
「……」
マラハは沈黙している。どうするのか最善か必死に考えているのだろう。
大帝国の
「ああ、そうそう、ひとつ言い忘れていたけど、おたくらが城に持ち込んだMMB-5――モンスターメイカーは、こっちで確保したから死なば諸共って自爆はもうできないからね」
「な、なに!?」
マラハは目を剥いた。そりゃあそうだ。最後の切り札で隠していた手を明かされたからな。シェイプシフター諜報部の目は誤魔化せない。
それよりも――
「何と! MMB-5を王都に持ち込んだだと!?」
フォレ爺殿が怒号を発した。そう、これ、リヴィエル反乱軍側には内緒だったんだよね。
ガニアン王子の兄君が戦死した戦いで使われたのが、このモンスターメイカーだったんだけど、拠点ごと
これで、完全に反乱軍と大帝国軍の関係は切れた。
「マラハ君、国外退去するなら、うちの航空艦で西方方面軍司令部でも本国でも好きなところに送って差し上げるが?」
俺は机の上に大陸の地図を広げた。見守っていたガニアン王子も、その地図を興味深げに見つめる。うちの地図は
「マラハ君の実家はどこだったかな? 大帝国は今、四つの勢力に分かれている。陸軍のケアルト元帥の陸軍を中心とした軍部。貴族を中心とした貴族軍。大帝国議会の下級貴族を中心とした議会軍。これと内乱をよしとせず中立を保つ海軍だ」
「どこが優勢なのですかな、トキトモ閣下」
フォレ爺殿が興味があるのか聞いてきた。
「海軍は不干渉の立場を取っているので除外すれば、最大勢力は陸軍のケアルト元帥の勢力でしょうな」
「何故、海軍は不干渉なのでしょうか?」
「アノルジ海軍長官が、元から政治に関わりたくないと考える性格なのも一因でしょうが、最大の原因は例の吸血鬼帝国への対応に追われているからです」
大陸各所で現れたスティグメ帝国の軍の出現位置を指し示していく。いつの間にかマラハも席について地図を見下ろしている。
フォレ爺殿は言った。
「大変お詳しいのですな、トキトモ閣下」
「まあ、最前線を行ったり来たりしていますからね。大帝国も危険だが、吸血鬼帝国はもっと脅威です。何せ彼らは地上人類の絶滅か奴隷かの極端な思考で動いていますから」
などと世界情勢を話していたら、アシエ将軍ら使者がやってきたと報告がきた。ガニアン王子は、この会議室に通せと伝令に命じる。
「さて、マラハ。俺は降伏手続きをすることになるが、貴様たちはどうするのだ?」
捕虜となるか、退去するか。
「おめおめと西方方面軍に合流などできようか……」
「かといって本土に戻ったとて、敵前逃亡で処罰される。……投降したとて、身の安全は保障されないのだろうな」
ガニアン王子とフォレ爺殿が俺を見た。何故、そこで俺を見るんだね? あ、そうか。王子派はここで国王軍に投降するから、大帝国人の扱いについては俺が意見をいれられる立場か。
「大人しく投降するなら、悪いようにはしないよう上申しておく。……よかったな、モンスターメイカーを使わなくて」
使ってたら自殺することになっていただろうが、心中させられただろう部下たちは気の毒だっただろうが。
やがて、アシエ将軍が現れた。パッセ王に仕える歴戦の将は、俺をひと目見て何とも言えない表情を浮かべたが、見なかったことにしよう。……すまんね、よそ者が決着をつけてしまって。
手続きが進められ、降伏条件には反乱軍に与した貴族や騎士の命の保証を確認した上で、正式な降伏となった。
王国軍の兵たちが王都に入る。厳かに、精強な騎士団は王都住民の見守る中、王城へとパレードのように歩いてくる。
空にはリヴィエル航空艦隊が睨みをきかせており、事ここに至っては、大帝国派は抵抗しなかった。
王城の塔から、俺はガニアン王子とその様子を眺めていた。今、王子のもとにいるのはフォレ爺殿のみである。
「この光景も見納めかもしれない」
ガニアン王子は、肩の荷が下りたというような顔だった。
「国を
圧倒的軍備を誇る大帝国が西方諸国を飲み込みつつある中、リヴィエル一国で立ち向かえるわけがないと、ガニアン王子は考えていた。このままではすでに占領された国々と同じ運命を辿る。……だから、大帝国に自ら協力することで、この国を守ろうとした。
「だが、蓋を開けたら、親父たちは正しかった。いや、俺もシーパングの存在を知っていれば、こんなことをしなくて済んだ」
読書と魔法研究の日々――王子は目を細めた。
「フォレ爺。今まで、ありがとうな」
「殿下……」
ガニアン王子の幼き時より使えていた古参の部下は深々と頭を下げた。そんな彼に、王子は穏やかな表情を向けた。
「な、最初に言っただろう? 俺に王なんて向かないってさ」
憑き物が落ちたように、目もとが優しくなったような気がする。王族の重圧が解けて、何かを悟りを得たのかもしれないな。
俺は、そんな王子たちを見守る。
シーパングを知っていたら、か。もし俺がヴェリラルド王国に来なければ、ガニアン王子の行動はおそらく正しかっただろう。西方諸国は簡単に滅び、制圧され、他の植民地同様、過剰な
同盟国と言えど、結局は大帝国の圧力に従わざるを得ないが、王族は残るし支配も
もちろん、こういうのは支配者の態度ひとつで変わるもので、絶対などは存在しないが。
それを考えるなら、何とも皮肉なものだ。
勝ったほうが正しい。俺の存在で、王と王子、その描く未来ががまったく変わってしまったわけだから。
もっとも、大帝国を打倒しなければ、結果としてガニアン王子が正しかった、という可能性も依然として残っているわけだが。
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