第1241話、リヴィエル兄妹
パッセ王が、王都セルクルに
俺は早々に帰りたかったのだが、まだ少々付き合うことになった。
パッセ王とガニアン王子の対面に付き添い、父親が息子に処刑を言い渡す様を見守ることになった。
その場にいたリヴィエルの家臣たちは『当然』という顔の者もいれば、『やむなし』といった顔の者もいた。
反乱者に手加減など無用。余計な
一方で、パッセ王は王らしく堂々と振る舞っているように見えて、俺にはとても苦しそうに感じた。
裏切ったとはいえ、実の息子でもあるわけだ。しかしその息子――次男は、期待の長男を殺した。何も感じていないわけもない。
パッセ王が、王都を包囲しても、中々攻撃の許可を出さなかったのは、その迷いゆえかもしれない。
「ガニアン」
「はい、父――いえ、国王陛下」
頭を伏せたままの王子に、王は厳かに問うた。
「お前は、王になりたかったのか?」
「……」
沈黙。ガニアン王子は即答しなかった。いや、どう答えるべきか迷っているように俺には見えた。
王城では自ら『王に向いていない』と言ったガニアン王子である。いいえ、と答えただろうはずなのに、彼はすぐに言わなかった。
「……よい。連れて行け」
パッセ王は答えない息子に見切りをつけるように言った。ガニアン王子が連れ出されるのを見守った後、王もとても疲れた様子で下がった。
「トキトモ侯、来てくれ」
去り際にパッセ王が俺を呼んだ。これには王の家臣たちも渋い顔をした。選りに選って臣下を差し置いて、他国の人間を先に呼ぶなど――と言ったところか。
警備を部屋に外に置き、パッセ王は私室に入り、俺も続いた。王が席に座ると、従者がさっそくお茶を淹れる。
「まず、ご苦労だったトキトモ公。よもや最初の交渉で決着がつくとは思っていなかった」
「恐縮です。王都の空にリヴィエル艦隊がありましたから、そのおかげです」
俺は答えた。実際、あの空の艦隊の偉容は、籠城に疲れた者たちの心理にトドメを刺すに充分の効果があった。
「私でなくとも、王子殿下は白旗をあげたでしょう」
「航空艦隊で威圧する案は、元より貴殿の案だ。よくぞ無血で開城させられたものだ」
「恐れ入ります」
「いや、よくやってくれた。ありがとう。さすがだな」
内乱が
「貴殿はガニアンと話しただろう。どうだった?」
「王国の未来を憂いておいででした。内乱も、根の部分は大帝国の侵略を如何に犠牲少なく乗り切るかを考えてのものだったようです」
「ふむ……」
考え深げな顔のパッセ王。その時、部屋の扉が開いて、王妃であるヴァンドルディ様、アヴリル姫が入ってきた。
ノックをせんか、とパッセ王は眉をひそめたが、それ以上は言わず俺に向き直った。
「降伏の交渉の時はどうだった?」
「殿下は民や部下、その家族を案じていらっしゃいました」
「王の座に固執する様子は?」
「ありません。むしろ、王の座につきたいとは思っていなかったように見受けました」
「やはり、あの子は王の座を欲していなかったのです」
ヴァンドルディ様が、パッセ王に歩み寄った。
「あれは前に出ることを好まない性格。王の権力など求めていなかったのです」
「しかし、ガニアンは……ムナールを殺したのだぞ」
パッセ王は眉間に深い皺を刻んだ。長男――いずれ後継者となっていただろう、もうひとりの息子。
これには王妃も、アヴリル姫も黙している。同じ血の流れる家族である。その心中穏やかではないのは察する。
王は溜息をついた。
「それに、もうあれには反逆の首謀者として極刑を言い渡した。臣下の前で宣言したのだ。今さら取り下げることはできん」
罪には罰を。国を混乱に陥れた大罪。指導者としてケジメは付けなくてはならない。たとえ、父親が殺したくないと思っていたとしても、周りがそれを許さない。肉親だからと甘い裁定を下せば、それを不満に思う者も出てくる。
……とはいえ、俺が見回したところ、パッセ王の家臣団の半数以上は、情状酌量を認めてくれそうな雰囲気はあった。国を思っての行動――そう考えるなら、衝突はあったものの、直接剣を交えたわけではないから、まだ同情の余地があるということだろう。
で、厳罰に強く頷いた者たちは、直接王子の軍勢と戦い、犠牲者を出した貴族や騎士たちだろう。
同盟に従い、俺たちが介入する前や、介入後しばらくは各地で激しく衝突したからな。それ相応の血が流れている。
「差し出がましいのですが……よろしいですか?」
「なんだね、トキトモ侯?」
「アヴリル姫にお尋ねしたい」
「わ、わたくしですか、ジン様?」
先ほどから暗い表情で聞いていた姫君に、俺は言った。
「兄君、ガニアン殿下のことをどう思われていますか?」
「兄を、どう……?」
「王子とか王族としてではなく、純粋に兄と妹として如何ですか? 肉親として好きですか? 嫌いですか?」
アヴリル姫は息を呑んだ。いきなりこんなことを聞いてごめんね。たぶんビックリしたよね?
「兄妹として、ですか……。兄は……ガニアンは、何を考えているのかよくわからないです」
姫君は視線を落とした。
「いつも難しい本ばかりお読みになっていて、わたくしのことなど構ってくださいませんでした。……でもわたくしが困っている時は、さりげなく助けてくれて」
「よい兄君でしたか?」
「……悪い兄ではありません。ええ、よい兄だったと思います」
アヴリル姫の目が真っ直ぐ俺に向いた。うん、嘘はなさそうだ。
「私は、あなたの願いをひとつ叶えることができます。ガニアン殿下のお命をお救いするか否か」
このまま彼の刑を
「どちらがよろしいですか?」
「もちろん! ガニアンをお助けください、トキトモ侯爵!」
声を上げたのはヴァンドルディ様だった。というか素早く俺の手を掴んで、懇願してきた。あー、えーと……。
「私は、これ以上自分の生んだ子が死ぬのは嫌です……!」
王妃殿下……。長男を失い、その原因にもなった次男を助けて欲しいと口に出せるとは、この王妃様は
俺はアヴリル姫に視線を戻した。
「アヴリル。君はどうしたいんだ?」
「わたくしは……」
うっすらと目に涙を浮かべ、リヴィエルのお姫様は言った。
「兄が死ぬのを見たくはありません」
「承知いたしました。その願い、私が叶えましょう」
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