第1239話、降伏交渉その2


 領地没収、一族郎党皆殺し――それが戦後ではなく、今にも始まる。それを知らされ、ガニアン王子とそれに従う大帝国派の臣下たちに衝撃が走った。

 そりゃあ妻や子供の身が危ないと聞いて、動揺どうようしない者などいないだろう。


 だが、そのパッセ王の行動に対して俺は、『家族の命は助かるかもしれない』と言ってやった。


「それは貴殿の私見か?」


 ガニアン王子は問うた。俺は背筋を伸ばした。


「私が口添えいたします。パッセ陛下は、私に色々借りがありますから。それくらいは承認していただけるでしょう」

「貴殿は他国の人間だ。パッセ王が言うことを聞くか?」


 ヴェリラルド王国の上級貴族とはいえ、相手は一国の王。内政干渉とはね除けられるのではないか。……まあ、内政干渉は否定しないよ。


「先にも言った通り、パッセ陛下はヴェリラルド王国に借りがあるのですよ」

「わからないな」


 ガニアン王子は首を振った。


「貴殿が大帝国派を擁護ようごする意味が。……隣国人同士が潰し合えばよいと思うのが普通だ」

「リヴィエル王国とヴェリラルド王国は同盟国です。であるならば、助け合うのは不自然ではないでしょう」

「パッセ王とエマン王としてはな。だが、俺についた者たちなど、貴殿からしたら敵だろう?」

「私にとっての敵は侵略しようとする大帝国であり、スティグメ帝国。リヴィエルの人間は敵と思っていない」


 俺は淡々と言った。ぶっちゃけ、俺の眼中にはない。


「パッセ陛下には早々に国を取り戻していただきたい。私の本音は最初に申し上げた通り、多忙なので、さっさとここの仕事を終えて次の仕事に掛かりたいんですよ」

「……片手間と言うのか?」


 ガニアン王子の表情が歪んだ。


「俺がっ、この国の行く末を悩んで! 考えて、考えて、どうすれば民を助けられるか、必死に考えたのに、お前はそれをただの仕事とのたまうか!」


 怒りを露わにする王子。何だ、怒れるじゃないか。


「それはそうですよ。王子として、次の王になろうというのなら、行く末を考えるのは当たり前です」

「何をっ!」

「そしてそういう偉い人からきた指示や命令をこなすのが、部下の仕事。私がここに遊びにきたとでも思っているのですか? そんな当たり前のことに目くじらを立てるものではありませんよ、殿下」

「貴様――!」

「殿下」


 フォレ爺殿がガニアン王子を宥めに入った。


「使者殿も、あまり挑発的なことを申されるな」

「失礼。本心を聞かれたので正直に答えたまで。嘘はつきたくなかったのだ。許されよ」


 気に障ったのは謝る。


「使者殿、ひとつ聞いてもよろしいか?」

「何なりと、フォレ殿」

「仮に、降伏を受けた場合、殿下の御身柄は――」

「おい――」


 ――フォレ殿!


 王子だけでなく、家臣団からも声が上がった。

 そうだろうな。王子が降伏するとも言っていない中で、弱気な発言に受け取られ兼ねない。……同時に、本人からは中々聞きにくい事柄でもある。王子の代わりの質問かもな。


「それをお決めになられるのはパッセ陛下のみ」


 王族の話だぞ。俺が口出しできる問題ではない。……まあ、口添えはできるかもしれないけどね。


「とはいえ、王に反逆し、後継者たる兄君もその手に掛けてしまわれた。……極刑もやむなし、と言ったところでしょうな」


 反逆の首謀者は死刑ないし、禁固刑ってところだ。だが周囲を納得させる罰となると、死刑パターンだろうな。内乱で死亡した者も少なくない。彼が直接ではないにしろ、兄殺ししているわけだし。

 よくて永久幽閉ゆうへい。他国への追放だと周りからは甘いと不満が出るかもしれない。


「トキトモ侯、俺がいなくなった後、この国は誰が治める?」


 ガニアン王子は落ち着きを取り戻したようだった。内容が内容だけに家臣団の動揺は強くなったが。


「パッセ陛下でございましょう」

「……その後継の話だ」

「アヴリル姫殿下が王位を継ぐことになります」


 先日の南方領でのバーベキューで、そんなやりとりをした。俺と彼女の間に子供ができたら、その子がその後継だってやつ。


「アヴリルが……」


 リヴィエル王国は、王族の血を引いていれば女性でも王になれる。王国派が勝てば、自分の妹が王になる。ガニアン王子は複雑な表情を浮かべた。

 真顔で黙り込むガニアン王子に、周囲もどうしたものかと困り果てる。先ほど彼が怒りを露わにしたばかり。下手に刺激するようなことも言えないのだろう。


「関係ない!」


 突然、大帝国の将校が声を張り上げた。


「所詮、敵国の者の戯れ言! 何一つ証明するものはない! ガニアン王子! 我々は最後までお供すれば、王都に立て籠もり、戦い抜きましょうぞ!」


 余計なことを言って、この交渉の邪魔立てしようという魂胆だろう。

 大帝国将校からすれば、たとえ援軍がこなくとも、こちらの思惑の邪魔ができればいいと考えたのだろう。戦いが泥沼になれば、本国にとっては好都合だろうし、流れる血の大半はリヴィエル人のものだから。


「私の言葉に、何一つ証明するものはないそうだが」


 俺は天井を指さした。


「先にも言ったが、窓から空を見ればよい。私の言葉が嘘だろうが本当だろうが、揺るがしようがないものがそこにある」


 ニヤリと笑って、将校殿を見やる。


「貴殿が頑張って空を飛んで、あの艦隊を蹴散けちらしてみせれば、きっとここにいる者たちは貴殿の味方になってくれるだろう」


 そんなこと君には不可能だろうけどね。


「もういい」


 ガニアン王子が言葉を発した。席に座り、自棄やけとも取れる態度になる。


「もういい。わかってる。これ以上、粘ってももうどうにもならん。降伏する!」


 家臣たちは『殿下!』と声を上げたが、王子は彼らを見なかった。


「やはり、俺には過ぎたる事柄だった……。身の丈に合わないことなど、するべきではなかったのだ」


 そこで、ガニアン王子は俺を見た。


「付き合わせた家臣たちは悪いことをした。トキトモ侯、俺からの頼みだ。部下たちとその家族の命は助けてやってくれないか? 俺にそそのかされただけだ。責任はすべて俺にある」

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