第1221話、エレクシアという女
アミール教の神殿遺跡とその周辺は、ウィリディス軍によって制圧された。現地のスティグメ帝国軍は
俺は、プロヴィアの女王であるエレクシアの部屋にいて話をした。これまでのこと。連合国のために大帝国と戦い、やがて裏切られた話を。
「やはり、連合国は貴方を裏切ったのですね」
エレクシアは、俺の言を否定しなかった。悲しげに沈んだその表情。連合国を構成する9つの国のひとつであるプロヴィア王国。その代表となったエレクシアは、大帝国の大反攻にあって、他の連合国上層部の反応に違和感を持っていたという。
「私は貴方が命を落としたなど信じられなかった。何かの間違いだとずっと思っていた。けれど、今にして思えば連合各国の首脳陣は、貴方の話題を意図的に避けているようでした」
「君が企みに加担していないのは知っている」
俺が侍女の炒れてくれたお茶をすすれば、エレクシアは虚空を睨んだ。
「もちろんですとも。プロヴィアも、クーカペンテも貴方の助けがあって再び自由を手に入れた国。貴方に刃を向けるなどあり得ません」
だろうね。俺とエレクシアの関係を知れば、他の連合国の上層部は、彼女に暗殺の件を打ち明けたりはしないだろう。
絶対に反対するとわかっているから。エレクシアがあげた通り、クーカペンテ国とプロヴィア王国における俺への評価は凄まじく高い。
大帝国との戦争が終わった後、俺が連合国を
「今、この時をもって私はプロヴィア王国を、連合国から脱退致します」
エレクシアは、一切の迷いもなく言い放った。
「危機に陥った国を助け合おうという連合だったのに、救いの手を差し伸べてくれたのは貴方だけでした。その恩人を
うん、結局、連合は分裂してしまうわけだ。こうなる未来を恐れて俺を排除しようとしたウーラムゴリサやニーヴァランカ上層部だが、そうした凶行が分裂の引き金になるとは皮肉である。
「しかし、今のプロヴィアには残念ながら戦う力はありません」
エレクシアは俯いた。
「二度の大帝国の支配。そして吸血鬼帝国……。我が国は蹂躙され、搾取されました。国軍は壊滅し、支配された民とわずかながらの潜伏している者たち……」
「支配されている民に軍備などあっては困るからね」
大帝国も、スティグメ帝国にとっても。
「そういえば、吸血鬼たちは君を探していたようだったな」
「ええ。公には私は大帝国に処刑されたことになっていましたが……大帝国も本物の私が生きていると考えていたようです」
「身代わりを立てたのか?」
「はい。正確には、私を城外に連れ出した者たちが影武者を用意していたらしく……」
本当は王都陥落の際、そのまま捕まるつもりだったが、臣下たちが女王を逃がしたのだそうだ。
処刑されたのは影武者のほうらしい。……こういう言い方は影武者になった娘には悪いが、きっとエレクシアの美貌とそのオーラを真似できなかったのだろう。
映像とか現代と違ってない世界だからな。王国の民は、女王が処刑されたという話を聞いてもそれが本物か偽物かなんて判断できない。大帝国としても、王国の最高指導者を処刑したと早々に宣言して、王国民の戦意や反抗を
「もし、再び立ち上がろうというのなら、俺は協力を惜しまない。大帝国にもスティグメ帝国にも戦える兵器も用意する」
「願ってもないことです」
エレクシアは笑みを浮かべた。……だいぶ笑うのが上手くなったな。最初の頃はすぐに作り笑いだってわかったものだが、今じゃ本心のそれにしか思えない。
「連合国にも同様に兵器を提供したのだが、スティグメ帝国が現れてから、大帝国への攻勢に対して消極的なんだ」
ここプロヴィアの北、連合外ではあるが例の地下への大穴、アンノウンリージョンがある。スティグメ帝国が現れた結果、プロヴィアは大帝国が叩き出されて吸血鬼帝国の手が及びつつあり、また北東部に位置する連合国の一国ニーヴァランカにも緊張感が高まっている。それは仕方ないとしても、連合の盟主を自負するウーラムゴリサ王国の動きが鈍いのは、実によろしくなかった。
「以前から、盟主気取りのウーラムゴリサの態度は気に入りませんでしたわ」
エレクシアは不快感を
「所詮、西方の小国とプロヴィアを見下していました。でもそれは仕方がありません。我々は弱く、力ある者に縋るしか生き延びる方法がなかった。しかし払った対価の分、働いてくれなければ話が違う!」
弱小国の宿命。大国に飲み込まれないために払う犠牲。
エレクシアは席を立った。
「主が見返りを払わねば、騎士とて忠誠は尽くせない。それが契約というもの。私は連合国ではなく、貴方に忠誠を誓います」
女王は俺の前に
「……どうぞ、我が国を貴方様に
「他国の人間に主権を委ねるのは、国の指導者としてどうなんだ?」
国の生殺与奪を俺に預ける。大帝国も、スティグメ帝国も、他の列強国も皆、もらえるなら喜んでもらうものを、俺に差し出されても困るのだが。
「無能の
エレクシアは恍惚とした笑みを浮かべた。
「吸血鬼帝国を叩き出した貴方とその軍が、この国をそのまま支配、統治するのが普通でございましょう。ですが、貴方はそれをなさろうとはしない」
普通なら、か。確かに、指導者の首を刎ねて領土を獲得するものなのだろう。解放といえば聞こえはいいが、本当ならその領土は敵対者を放逐し自らのものにするのが自然なことなのだ。……現代人の感覚には合わないが。
「確かに。助けてやったのだから相応の礼はしてもらおう、くらいは言うべきだったかな」
「はい。その通りにございます」
エレクシアは頭を下げた。
「相応の礼について、貴方は要求する権利があります。そしてそれが法外なものであったとしても、私たちにはそれを支払う義務がございます」
それが支配する者の権利というか。……つくづく俺には合わないな。そもそも、プロヴィアを欲しいなどと思ったこともない。
「何があるのかな、この国には」
「土地と民。……そして女王エレクシア・プロヴィアの身がございます。我が身を自由に使う権利を」
自分の美貌が何の役に立つかわかっている女だ。力ある者に尻尾を振る。人によっては浅ましいともとれる言動。俺が彼女の愛情についての自信が揺らいだのはこの一面だ。
王国のために自分を売る。その体を使って、力ある者に願いを託して自らの望みを叶える。俺は一度、彼女の願い――プロヴィアからの大帝国を駆逐を果たしている。
「ふしだらだと思うでしょう? プロヴィアを正しき方向に導いてくれるなら、私は何でもするのです」
「よくわかっているよ」
「では、
遺言などと不吉なことを彼女は言った。
「貴方の思っている通り、私は願いを叶えてくれるなら何でもするつもりでしたし、貴方に対してそうしてきた。その力があるなら、他の者にも我が身を捧げるつもりでしたが……残念ながら、私を自由にできた男は、貴方しかいませんでしたわ。そしてそれは後にも先にも、貴方が唯一の存在でしょう」
エレクシアは崇拝を滲ませて、ひれ伏した。
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