第1220話、記憶の中の姫君と今の女王


 シルルスは何が起きたか理解できなかった。

 ジン・アミウールと名乗る魔術師が現れ、遺跡の外で戦闘が始まったらしい。しかしこの場にいる敵をまずは排除しなくてはいけない。


 部下に忌まわしき魔術師を殺させようとした。一斉に飛びかかった吸血鬼兵だが、まばたきの間に光が走り、まとめて灰と化した。

 気づけば吸血鬼兵は全滅し、シルルスひとりとなっていた。


 文字通り部下たちが消え失せ、シルルスは邪剣を生成するとジン・アミウールに飛び掛かっていた。

 瞬時に肉薄にくはく、そして両断――されたのは、シルルスの方だった。


 斬りかかったと思ったら自分が斬られていた。頭と胴体が分かれ、次の瞬間には空中に飛んだシルルスの頭がジン・アミウールにつかまれていた。


「バ、バケモ――」


 シルルスは魔力を根こそぎ奪われ灰となった。



  ・  ・  ・



「ふん、化け物はお前だろうが」


 俺は灰と化した吸血鬼の頭だったものを払った。他に吸血鬼兵が残っていないのを素早く確認し、念話に切り替える。


『ベルさん、こっちは片付いた。そっちはどうだい?』

『ああ、こっちも始末はつけたぜ』


 遺跡内を回って吸血鬼兵を片付けていたベルさんは答えた。


『上空の艦隊戦も決着がつきそうだ』

『となると、後は地上戦か』

『上陸艇が降りてきた。表も忙しくなるな。行ってきていいか、ジン?』

『お好きにどうぞ。こっちは大丈夫だ』


 まだ暴れ足りないらしいベルさんは自由にやらせて、俺は後始末にかかる。


 プロヴィアの姫――いや、女王陛下だったな、今は。彼女とプロヴィアの民が、俺の視線に気づくと一斉に頭を下げた。

 申し合わせたような礼を見ると、まるで自分が王にでもなったように錯覚さっかくしてしまう。いやいや女王陛下、あなたが先に頭を下げてはいかんでしょうよ。


「お帰りなさいませ、ジン・アミウール様」


 エレクシア女王は頭を下げたままだった。これではどちらが王か分からない。お顔をお上げください、なんて言ったら、それこそ権力者の『頭を上げよ』と言ってることは一緒になってしまう。

 どうしたものかと悩んだのもつかの間、エレクシアは言った。


「貴方様のご帰還、まことに嬉しく思います。一度ならず二度も、プロヴィアの民を救っていただき、感謝の言葉もございません」

「……発言を、よろしいでしょうか、女王陛下」

「何なりと」


 調子が狂っていけない。この人はいつまで俺に頭を下げ続けるつもりだろうか。

 一応、公式にはジン・アミウールは死んでいることになっているから、こうして立っていることに驚くところではないのか? 


 昔のお姫様との関係を思えば、泣いて抱きついてくるくらいの予想はしていたのだが……。ああ、一応、黄泉の国から帰ってきたから、お帰りなさいってことなのかな?



  ・  ・  ・



 落ち着かないので場所を変える。遺跡の奥にはプロヴィア人たちの居住区画があった。

 プロヴィア人たちが俺が通るだけで王族や神様でも通っていくかのように跪いていく。……いや、俺じゃなくて女王陛下の方だろう。勘違いはいけない。


 てっきり女王の間にでも行くのかと思ったら、エレクシアの私室に通された。プロヴィア人たちも、こうもあっさり死人を女王と一対一にしたものだ。

 部屋にいた侍女らが何も言わずに退出する様を見て、あの頃を思い出した。英雄魔術師時代、大帝国と戦い、プロヴィアを解放するまでの日々を。


「ジン・アミウール様」


 ふぁさ、と彼女の銀髪がなびき、俺の胸にエレクシアが飛び込んできた。


「よくお戻りに……。貴方様の戦死を聞かされた時、どれだけ胸が引き裂かれる思いだったか」


 心配をかけたんだろうな。震える彼女の肩をそっと抱きしめる。

 懐かしい思い。ああ、彼女の匂い。その豊満な胸の感触。俺は知っている。彼女の体のことは隅々まで。


「少しせたね」

「貴方はお変わりないようで」


 エレクシアは俺の胸に埋めていた顔を上げる。

 青く澄んだ瞳、長くきらめくような銀髪。美の女神と言われても信じてしまいそうな美貌は健在だ。

 凜とした姿、その振る舞いは女王にふさわしいのだが、これで実はアーリィーと同い年だと言う。立場が貫禄を身に付けたさせたのか。初めて会った頃は、か弱いお姫様だったのにな。

 それが一年前だというから時間の流れは恐ろしい。


 しかし、男を惑わす色気、抗いがたい魅力は変わらない。一歩踏み込んだ時に、突然感じさせる生の鼓動。貪りたいと思わせる体つき。

 今なら、天然のチャーム持ちだなと思えるが、当時の――温もりを求めていた頃の俺は求められれば応えてしまったものだ。


「来て、ジン」


 これだ――あの頃のように、彼女は俺をベッドへと誘う。時間が戻ってしまったかのように自然に。

 思えば侍女たちが何も言わずに部屋を出たのは、これを予想してのことだろう。かつてがそうだったように。


生憎あいにくと、あの頃と違って婚約者がいる身なんだがね」

「まあ、とうとう添い遂げる相手ができたのですね。それはおめでとうございます」


 そう言いながら、エレクシアはベッドに腰掛けた。


「でもまだお礼もしていません。見ての通り、何もない遺跡に隠れ住んでいる有様です。お返しできるものは、あの頃と同じく私の体しかありません。どうぞ、私にお礼をさせてください」


 あの頃のように――

 国を大帝国に占領され、一族を皆殺しにされたプロヴィアの姫だったエレクシア。頼るものもない孤独な姫は、大帝国を追い出す力を持った俺にその身を捧げることで国を取り戻した。


 そういう関係だ。お互いに愛情が少なからずあったと思う。しかし彼女は王族であり、愛情より責任、義務を優先した。

 俺は彼女の愛、いや彼女への愛情に自信が持てなくなり、結局はお互い体だけの関係になった。……一応、元カノといっていいのかな。


 彼女は英雄を求め、俺は対価をもらって彼女の望みを果たした。大帝国を一度はプロヴィアから追い出したのだから。

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