第1211話、対峙する艦隊
仲間たちは増えていた。ユーゴと仲間たち、そしてクーカペンテの残党軍は王都方面へ移動する大帝国を追った。
すわ隣国への増援か、あるいは撤退かと集まってきた解放の戦士たち。敵から奪った魔人機も、全部で十を超えて、さらに大帝国のコルベットを強奪した抵抗組織も合流し、一団は王都へと向かっていた。
ここまで、大帝国
恐ろしいほど静かであり、これは撤退もあるのでは、と期待が高まった。艦隊が去り、駐屯軍の主力がいなくなれば、すぐにでも国を取り戻してやる――と戦士たちの士気は高かった。
『おい、地上組、聞こえるか?』
『ちょっとよろしくない状況かもしれん。王都上空に大帝国の大艦隊』
敵の主力がいる。その知らせに、ユーゴの心臓はギュッと絞られるような痛みを感じた。ではこのまま前進しても全滅するだけか?
『それと、東方向に別の大艦隊。おそらく例のスティグメ帝国とやらの艦隊だと思われる』
噂の吸血鬼の軍が来ている。通信を聞いていた魔人機組のパイロットから『マジかよ』と
『双方、向かい合って接近中。これは戦闘になるか……?』
大帝国とスティグメ帝国は敵同士である。この場合、スティグメ帝国が進撃してきて、大帝国駐屯軍が迎え撃つべく戦力を集中させたとみるのが正しいか。
『
そうであるなら、ここは下がらず様子見が
クーカペンテの戦士たちは前進した。祖国解放のために。
・ ・ ・
スティグメ帝国第8艦隊は、人間たちがクーカペンテと呼ぶ土地の上空を飛び、その王都にまで進んだ。
旗艦『ルベルカウダ』の艦橋で、十二騎士第八将、ルピオ・カルプは仁王立ちで、王都の大帝国艦隊を見ていた。
「大帝国艦隊、戦艦6、クルーザー15、フリゲート24」
観測員の報告に、カルプ将軍はその尖った顎先を撫でた。
角はない。灰色の肌の長身の男性吸血鬼だった。
「まあ、なんつーのかね。連中はずいぶんとお行儀よく並んでいるじゃないの」
どこかうんざりしたような表情を浮かべるカルプ。吸血鬼艦長が淡々と言った。
「こちらに失礼がないように、という配慮でしょうか」
「配慮? 人間なんざ、黙って跪いていればいいんだよ!」
「……通信、送りますか?」
「はあ? 何でこっちから呼びかけるんだ?」
カルプは眉を吊り上げた。艦長は表情ひとつ変えない。
「上位の者から声を掛けませんと、下位の者は口を開けません」
「はっ! なるほどなるほど。口を開く許可がなけりゃ、しゃべりませんってか! よろしい、通信回線を開いてやれ」
「ハッ! 通信士、大帝国艦隊に通信!」
・ ・ ・
ディグラートル大帝国、東方方面軍クーカペンテ駐留艦隊は、スティグメ帝国艦隊の正面に陣取っていた。
旗艦『シャナーフタ』の司令塔の司令官席に座るスィール中将は落ち着かなかった。
「なあ、コガル君。本当にいいんだろうね?」
参謀長に視線をやるスィール。参謀長――コガル少将は、その堂々たる体躯を微動だにさせず頷いた。
「もちろんです、司令長官閣下。皆、閣下の方針に賛意を示しております!」
もとより丸顔だが厳めしいと評判のコガル参謀長は口を真一文字に引き結んだ。
一方、伯爵家次男であるスィール中将は、コクコクと頷いた。
「そ、そうだな。皆が同意しておるなら、何も問題ないな!」
正面に向き直る司令長官を背後から見やり、コガルはピクリと一瞬だけ頬を引きつらせた。
――本土からしたら問題大ありだ。
何故なら、クーカペンテ駐留艦隊は、スティグメ帝国に降伏をするのだから。
旧連合国領を支配する駐屯軍は、昨今のスティグメ帝国の凶悪さと強さを強く認識していた。
本国からの増援を強く求めたが、その本国では皇帝崩御により内乱劇が
スティグメ帝国がその支配域を拡大させる中、本国の問題が長引いていることに危機感を持つ者も増えてきた。とくに辺境にいる者たちや、地方の駐屯軍にその傾向が強く、脱走兵が相次ぐ始末である。
そしてとうとう、艦隊ひとつがスティグメ帝国に寝返ろうという事態にまで発展した。大帝国に残っても死ぬのを待つだけだ、と将来への不安、絶望が彼らを本来は相容れないはずの吸血鬼側へ走らせたのである。
「長官、スティグメ帝国艦隊より通信が入っております」
通信士官が報告した。
「お、来たか。何と言ってきた?」
スィール中将が問うと、通信士官は答えた。
「『大帝国艦隊に告ぐ。降伏の意思ありや?』以上であります」
「スティグメ帝国艦隊に返信。『我、降伏の意思あり。指示を乞う』送れ」
「はっ、『我、降伏の意思あり。指示を乞う』復唱終わり!」
通信士官が礼をすると、司令塔から退出した。
コガル参謀長はそれを見送った後、改めて相対する艦隊へと視線をやった。
事前交渉は済んでいる。スティグメ帝国の諜報員が駐屯軍に接触し、降伏と、その後の待遇について説明をしていった。
スィール中将はその誘いに乗った。コガル参謀長もまた、このまま吸血鬼に敵対して狩られるより、その軍門に降ったほうがマシだと判断した。
意志を奪われた死体人形になるよりも、二等臣民のほうがまだ人として生きられるというものだ。
・ ・ ・
『おいおい、こりゃどういうことだよ!?』
魔人機カリッグのパイロットの同志からの声が通信機から聞こえる。
ユーゴは信じられないものを見ていた。
敵のはずのディグラートル大帝国とスティグメ帝国の双方の艦隊が、交戦することなく合流したのだ。
さらにスティグメ帝国艦より地上に小型の船が王都へと降下していった。だが戦闘になることもなく、静かなままである。
『まさか、大帝国の連中、吸血鬼どもに降伏したのか?』
『そんな馬鹿なっ!』
信じられないものを見せられた。愕然とする抵抗勢力の戦士たち。その時、王都で動きがあった。
大帝国艦、そしてスティグメ帝国艦が双方とも王都に砲撃を開始したのだ。
「おい……おい!」
いったい何をやっているんだ? オレたちの……国の民が住んでいる町だぞ?
侵略者たちが手を組み、クーカペンテ王都を破壊している。そして民を虐殺しているのだ。
「ド畜生どもーっ!」
ユーゴは魔人機を走らせた。
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