第1209話、決起の時


 ティシアが落ち着くまでにしばらくの時間を必要とした。

 会話できるレベルになったらなったで、今度はヴィックの再生した手足の話になり、ようやく俺とベルさんがいることに気づく始末。


 そこで世間では死んだはずのジン・アミウールがいることに彼女は驚いた。そこからの事情説明でさらに時間を使い……いや、その途中、完全に平静と取り戻した彼女は、自分が汚れていることに気づき、流してくると一時退席した。

 待つことになった俺たちだが、ヴィックはとても落ち込んでいた。


「……彼女はせていた」


 どれだけ苦労させたのだ、とヴィックの消沈も大きい。そして彼女の羽織っていたフード付きのローブを見やり、口元が歪んだ。


 白いローブには汚れが目立ち、靴跡がいくつか見えた。足蹴あしげにされたのだろう、と想像するのは簡単だ。彼女を苦しめた自分への怒りで、ヴィックは自らの心を責めているようだった。

 俺は言った。


「こういうのを今聞くのはちょっと躊躇ためらうんだが……。ヴィック、あんたはこれからどうする?」

「むろん、大帝国と戦う!」


 ヴィックの目には怒りがあった。


「ジンも戦っているんだろう? ならおれたちも戦う。今度こそクーカペンテから侵略者どもを叩き出してやる!」


 戦意はある。これまで彼と仲間たちは、この国のために戦った。同胞の犠牲を乗り越え、雄々しく戦い続けた勇士である。……現状、再び大帝国に支配されているが、彼は充分にこの国に尽くした。

 ドロップアウトしても、誰も責めないだろう。だが、ヴィックはまだ戦うという。


 手足を失ったことがトラウマになったかも、と思ったのだが、ティシアの苦労と大帝国への怒りが彼を突き動かしているようだった。


「こちらとしては歓迎するが……」

「何だ?」

「あんたはそれでいいんだろうけど、ティシアがどう言うかなって思って」


 彼女は、ヴィックを支えてきた。再起不能となった彼を死なせまいと、大帝国にしいたげられてもなお世話を続けた。

 ヴィックの手足が戻ったことは喜ばしいが、彼が再び戦場に戻ることを、ティシアはすんなりと認めるだろうか?


「それは彼女が決めることだろう」


 ベルさんが言ったその時、奥の戸が開いてティシアが戻ってきた。


 ほう、と俺は感心してしまう。以前も、彼女は騎士らしく凛としていた。体を清めたことで、それまでの疲れた女から、元の騎士に戻ったようだった。


「ティシア、おれは剣をとる」


 ヴィックが覚悟を秘めた顔で告げた。


「大帝国を叩き出して国を取り戻す」


 そう言った時、ティシアが悲しげな目をした。だがそれも一瞬だった。


「あなたがそのつもりなら」


 ティシアは片膝をついた。騎士が、主人に忠誠を誓うように。


「私はどこまでもお供します、ヴィック」



  ・  ・  ・



 ヴィックとティシアは、俺たちウィリディス軍を支持し、共に大帝国と祖国を脅かす敵――スティグメ帝国などと戦うと明言した。


 ようこそ、同志!


「今、俺たちの仲間が、このクーカペンテとプロヴィア両国に入っている。目的はもちろん、征服者の軍隊を撃退するためだ」


 俺は、これからの行動について話す。


「各地の抵抗勢力と連絡を取り合っている。偵察などによって、いまクーカペンテの大帝国の駐屯軍が王都近辺に集結しつつある」

「敵の目的は?」


 ヴィックが問う。


「スティグメ帝国への対抗と言われている。プロヴィアは吸血鬼どもの攻撃を受けているからな。その支援だと思われていた」

「思われていた?」


 ティシアの発言に、俺は首を振った。


「残念ながらクーカペンテ駐屯軍は、動くつもりはないらしい。で、クーカペンテの抵抗勢力が手薄になった各駐屯施設に攻撃を掛け始めた」


 戦力が少なくなった地方駐屯地は、おそらく問題ないだろう。


「問題があるとすれば、王都周辺に集結している戦力だ」


 こいつらが動かないと、抵抗勢力が計画していた王都奪回作戦が頓挫とんざしてしまう。


「始末が悪いことに、地方の抵抗勢力からも王都奪回作戦に参加すべく部隊が集まっているということだ」

「それはマズイのではないか?」


 ヴィックが指摘するが、まさしくその通り。


「このままだと集まった抵抗勢力が、大帝国駐屯軍主力の反撃を食らう」


 圧倒的な戦力差ですり潰される。クーカペンテの明日を担う戦士たちが、またも無惨むざんに命を落とすことになるだろう。


「何とか、今から止める方法は?」

「ある」


 俺たちウィリディス軍の艦隊で王都へ乗り込めばいい。


「シャドウ・フリートから分離した大帝国解放軍の艦隊が、クーカペンテ南方より侵入を果たしている」

「大帝国人の抵抗勢力か?」


 ヴィックの発言に、ティシアは眉をひそめた。彼女にはその辺りの説明がまだなので、あまりいい響きとは言えないワードだったかもしれない。


「まずは艦隊と合流しよう。この近くにいるクーカペンテのゲリラたちと話をつけているから、彼らと合流したら移動だ。そしてその前に――」


 俺はニヤリとした。


「このパッコローの町の大帝国駐屯地ちゅうとんちを叩き潰しておこう。クーカペンテ解放の狼煙のろし代わりだ」

「ああ!」


 ヴィックは頷いた。ティシアは複雑な表情を浮かべた。彼女にとっては散々煮え湯を飲まされ続けた場所だ。

 そしてそこをつぶしておくことに、ヴィックに異存があるはずもなかった。

 ベルさんが頷いた時、俺のホログラムリングが鳴った。


「こちらソーサラー」

『閣下、クーカペンテ国境の偵察ポッドから報告です』


 ディアマンテの声だった。


『スティグメ帝国の戦闘艦隊がプロヴィアからクーカペンテに侵入しました』

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