第1208話、ヴィックとティシア


 俺が大帝国戦線を離脱した話は、ヴィックの怒りの感情を呼び起こした。

 もちろん、俺やベルさんに怒っているのではなく、俺たちを離脱に追い込み、死んだと喧伝した連合国上層部に対してだ。


 その後のクーカペンテの失陥。連合国のおよそ半分を大帝国に占領されたことは、残る連合国の上級民たちの大失態であり、無用なしかばねの山を築かせた。


「俺たちはウィリディス軍を作り、シャドウ・フリート、ファントム・アンガー、シーパングなど大帝国に対抗する戦力を整えた」


 これまでは終始、出てきた敵を叩いたが、いよいよこちらから仕掛ける。反撃の時は近い。

 ヴィックが首をかしげた。


「シャドウ・フリート」

「大帝国の現政権に反対する者たちを中心に構成された反乱組織だ。……君にとっては大帝国はすべて敵だろうが、あの国にも皇帝に迫害され反逆した者たちがいるんだ」


 事実、家族を皆殺しにされた貴族や、改造されて魔物にされてしまった人間もいる。シャドウ・フリートの構成はほぼシェイプシフターではあるが……まあね。


「ファントム・アンガーとは?」

「大帝国との戦争で恨みを募らせる者たち……。俺、ジン・アミウールや連合の無策で死んだ者たちの無念、怒りを晴らすという意味合いも込めたのさ」


 死んでいた魂が怒りと共に亡霊となる。


「それはおれも同じだ。その怒りを共有する者だ」


 ヴィックは、赤艦隊こと、ファントム・アンガーが気に入った様子だった。確かに彼の先ほどの怒りは、ファントム・アンガーのそれとも言える。


 俺は、こちらの話は包み隠さず教えた。ヴィックのことは知っているし、彼は戦友だ。その絆は強いものと確信している。

 繰り返すが、連合国上層部に対する怒りという共通点を持つ同志である。


 俺たちの話の後は、ヴィックや仲間たちラーゼンリート隊や、クーカペンテ国の話となる。大帝国がいかにクーカペンテに侵攻し、すべなくやられたか。

 俺の知っている仲間たちも命を落とし、その名を聞くたびに胸が締め付けられた。同じ時を過ごした戦友たち――彼らはもうこの世にいない。


 ヴィック自身も手足を失う大怪我を受け、生死をさまよった。酷い戦いだったという。部隊も壊滅し戦死者も多かったと聞く。その先については、彼の精神が閉じこもっていたため、ほとんど憶えていなかった。


「ただ、ティシアがおれの面倒をずっと看てくれていたんだと思う……」


 ティシア・エルフォール。クーカペンテ戦士団の幹部だった女性だ。よくヴィックの補佐をしていて、亜麻色の長い髪の美女だった。ヴィックとは幼馴染みで、個人的にも親しい間柄だった。


「あんたたちを見つけるのは大変だったんだ」


 俺はシェイプシフター諜報部に、ヴィックと仲間たちの生存を確認させていた。結構前からやっていて、所在を突き止めたのはつい最近だからな。


「そういえば、そのティシアはどこだ?」


 ベルさんが部屋を見渡した。ヴィックは答えられない。意識を閉じ込めていた彼は、外のことがほとんどわからないのだろう。

 俺は腕にはめたホログラムリングを見た。テラ・フィディティア式装備で、時刻も確認できる代物だ。


「何事もなければ、もうじき帰ってくるよ」

「どこへ出かけているんだ?」


 ヴィックが聞いてきた。本当に何も知らないんだな。


「食料の調達だよ。あんたは怒るかもしれないが、ティシアは大帝国の駐屯ちゅうとん所で食料を配給してもらっている」

「っ!? そうなのか!?」


 ヴィックは愕然がくぜんとした。まさか憎き敵から、施しを受けているとは思わなかったのだろう。


「彼女を責めてやるなよ。ティシアはあんたを人質にされてるから、毎日連中のもとへ行って土下座を強要されていたんだからな」


 駐屯所の担当者が女性だったから、性的な暴力にさらされることはなかったが、その代わり精神的な屈辱をほぼ毎日受けさせられていると聞いている。


「諜報部に探らせて最近知ったんだがな。大帝国の地元連中は、瀕死のあんたを敢えて残すことで、ゲリラが接触してこないか見張っていた」


 クーカペンテの抵抗勢力を引っ張り出すエサ。ヴィックは同国の民には解放の英雄のひとりとして数えられているからな。彼が生きていると知れば、接触する者も……と大帝国の地元連中が考えたわけだ。


「……っ」


 ヴィックの顔が強張る。先ほどまで死人同然だった人間とは思えないほど、憎悪にも似た怒りが見てとれる。

 そりゃそうだ。ヴィックにとって、ティシアは幼馴染みであり、しかも恋人同然の関係だった。自分が手足を失い死にかけていたが、わざと生かされ、さらにその大切な女性が苦しめられていたと聞けば……これで怒らない人間がいるか?


「おっ」


 ベルさんが玄関のほうに視線をやった。


「噂をすれば、って奴か。人の気配が近づいているな」


 ガタッとヴィックが席を立つが、俺は止めた。


「中に入るまで待て。……ベルさん。来客はティシアで間違いないか?」

「一人だけだな。待て、ちょっと探ってみよう」


 黙り込んだのも一瞬、ベルさんはすぐにこちらを向いた。


「ティシアだ」


 玄関をくぐったのだろう。床に重量がかかったきしみが微かに聞こえた。

 ゆっくりとした足音もつかの間、すぐに早足で室内を横断。そして、俺たちとご対面。


「ティシア!」

「……ヴィック……?」


 ティシアの声はかすれていた。瀕死ひんし人だったヴィックは真っ直ぐ自分の足で立っている。気づけばお互いに駆け出し、ぶつかるような勢いで熱い抱擁ほうよう! その場で膝を折って座り込む。

 俺とベルさんは顔を見合わせる。感動的再会! と素直に思う前に、ちょっと小っ恥ずかしいな。


 ティシアは泣きながらヴィックの名前を連呼しているし、そのヴィックも彼女を抱きしめながら涙をこらえている。


「君には苦労をかけた」


 ヴィックが呼びかけても、ティシアは子供のように泣きじゃくっていて、会話どころではなかった。

 手足を失い、精神を閉じた。五体満足の彼など有り得ないし、まして言葉を交わすことも無理だと諦めていたに違いない。

 そんな男から優しく抱きしめられたら、そりゃ感涙どころじゃない。俺は念話に切り換える。


『で、彼女が落ち着くまでこのままか?』

『だろうな』


 ベルさんも念話で応えた。


『まあ、待ってやろうじゃねえか。その後、忙しくなるんだから』

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