第1207話、戦友の復活


 そのボロ家に鍵は掛かっていなかった。そもそもわざわざ盗みに入るほど、何かがあるわけでもない。

 ベルさんが鼻をひくつかせた。


「臭うな……」

「ああ、悪臭の類いが」


 俺も少し鼻をつまんだが、じきに慣れた。一応、注意しながら先に進む。意外に奥がある。家としては大きいか。


「もう少し綺麗きれいに掃除したほうがいいぜ、こりゃ」


 ぼやくベルさん。それには同感だ。しかしこうして汚く廃墟のようにしておくことで、侵入者を追い返しているんだろうな。


「……いるな」


 わずかながら気配がした。だが、その男は何もしないだろう。いや、できない。シェイプシフター諜報部の報告によるとそうなっている。

 悪臭がさらに強くなった。


 奥の部屋にポツンとあるベッド。そこに包帯のような布に巻かれた人間が寝かされていた。

 目を覆いたくなる姿だった。その人物は両足がなく、右腕もなかった。……こいつは酷いな、戦友。


 俺は傍らにある粗末そまつ椅子いすに座った。その人物は、がらんどうな目を天井に向け、身動きひとつしない。わずかながら呼吸をしているから生きているのはわかる。だがその呼吸音も正常とは言い難い。

 ベルさんが、ひょいと俺の肩に乗った。


「生きているのが奇跡みたいだな」

「俺もこんな姿で再会するのは残念だよ。ヴィック、ラーゼンリート」


 元戦竜騎士団所属、ラーゼンリート子爵の息子ヴィック。俺が連合国にいた頃、出会ったクーカペンテの騎士。そして大帝国からクーカペンテを奪回する際、共に戦った戦友だ。


 解放後は、彼と戦士団は国に残り、俺は大帝国本国進攻軍に同行して戦いを続けた。連合国上層部の裏切りにあって、俺は戦いを離脱したが……。

 あの時、裏切りがなく戦争が終わっていれば、ヴィックもこんな姿になることもなかっただろうに。改めて連合国上層部に憤りをおぼえる。


 俺はストレージから精霊の秘薬を取り出す。エルフの里でもらった、あらゆる病や傷を治すことができるという秘薬。それをまず、横たわるヴィックに使う。

 呼吸音が静かになった。彼の体を急激に癒やし、その体力を回復させる。が、失われた手足までは再生しない。


 体力が回復したところで、ここからは俺の出番だ。手足の包帯のような布切れをがして、彼の体に手を置く。ヒール・オール!


 冒険者のナギやサキリスの腕を再生させた完全回復魔法。その光はヴィックの失われた体を再生させた。そして、その意識も……。


「ここ、は……?」


 首を起こそうとして、すぐにベッドに戻るヴィック。


「体が重い」

「いま、手足を再生させたからね。ガンガンに治癒魔法を使った直後で、体力を消耗しょうもうしている状態だ」


 だから最初に精霊の秘薬を使って体力回復させた。それがなければ、再生の最中に生命力を失って死亡なんて可能性もあった。


「……ジン?」


 おどろいたような声でヴィックは言った。


「そうだ。この姿でよくわかったな。……久しぶり、クーカペンテの兄弟」


 俺が笑みを浮かべると、ヴィックは小さく頭を振った。


「ジンがいるはずがない。彼は死んだって……そうか」


 そこでまたヴィックが頭を持ち上げた。


「おれも死んだんだな。だから体が動くんだ」

「死んでねえよ」


 ベルさんが突っ込む。ヴィックは周囲を見渡した。


「どういうことだ? ベルさんの声がした」

「こっちだこっち」

「こっち……?」


 声に誘導されて、黒猫を見るヴィック。


「この猫しゃべった……?」

「紹介するよ、ヴィック。この猫の姿をしているのはベルさんだ」

「ベルさん!?」


 コクコクと頷く黒猫。ヴィックはまたもベッドに寝込んだ。


「わからん。いったい全体どうなっているんだ? やっぱり死後の世界だろう」

「しょうがねえな……」


 ベルさんが姿を変える。浅黒い肌のがっちりした成人男性――ヴィックの知るかつてのベルさんの姿に。


「さあ、これでいいだろう。つもる話もある……が、その前に」


 ベルさんは、わざとらしく鼻をつまんだ。


「お前、動けるんなら体を洗え。さすがに臭いぞ」



  ・  ・  ・



 巨大タライにお湯を入れて風呂にする……何だか懐かしいな。

 ヴィックを風呂に入れて、体を洗わせた。彼は自分の失われたはずの両足と右腕があって、動くことに感動していた。


 彼の意識が閉じてしまった一因でもあった体を失ったショックも取り除かれたが、ヴィックは号泣した。そりゃ手足がまた元通りにあるとなれば、そうもなる。

 奪われ方が最悪だったらしいからな。剣を振るう戦場であれば、四肢ししを失うようなことも珍しくない。生き残って五体満足でいられるのは本当に幸運なことなんだ。


 待っている間、ストレージから机を椅子を引っ張り出して配置。きっとヴィックは腹をすかせるだろうと思って、持ってきたウィリディス食堂のハンバーガーと飲み物を用意しておく。


「すまない、ジン」


 部屋の向こうからヴィックの声がした。


「鏡と髭剃ひげそりあるか?」

「あるよ。ついでにその伸びた髪も切るか?」

「そうする」


 ドアの向こうから手を出す彼に、お求めのものを渡すと、またしばらく引っ込んだ。


「だいぶマシになったな」


 待つあいだ俺が言うと、机で本を読んでいたベルさんが言った。


「何が?」

「ニオイだよ。だいぶマシになった」


 少なくともくさった臭いはしなくなった。待つことしばし、こっちで用意した着替えにそでを通したヴィックがやってきた。


「よう、戦友。見違えたぞ」

「ありがとう、友よ」


 そう言うと、ヴィックは俺と友人のハグをした。会いたかったよ戦友。俺もポンポンと背中を叩いてやる。


「まずは助けてくれてありがとう。手も、足もおかげで復活した。正直どうやったのかまだ理解できないが、助けられた」

「いいってことよ」

「それで、話を聞かせてもらえるということでいいのかジン? こちとら聞きたいことが山ほどあるんだが」

「それは俺も同じだよヴィック」


 まずはハンバーガーを食べながら、話をしようじゃないか。

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