第1206話、占領下の抵抗軍


 クーカペンテ国は、連合国を構成する9つの国のうちもっとも西に位置する。

 その地理上、もっとも大帝国に近い故、連合各国の連合軍と大帝国が衝突する前に早くも占領されてしまった過去がある。


 英雄魔術師ジン・アミウールの活躍により、大帝国の連合国侵攻は頓挫とんざ。その後の大反攻作戦により、一度は大帝国の支配から解放された。

 しかし、英雄魔術師の没後の連合軍の大敗北。復興に向かっていたクーカペンテ国は再び、大帝国に侵攻され占領された。


 クーカペンテ国中央部、ルチェルドラの町。ここには大帝国の小規模なとりでが存在した。王都方面へのリルカン街道の通り道でもあり、補給線であると同時に通行を監視する拠点でもあった。

 ベッコ砦の近くの林に潜む者たちがいた。


「……大帝国の奴ら、何を慌てているんだ?」


 二十代半ばの青年戦士は呟いた。

 側面に鳥の翼をした羽根飾り付き兜に、長い髪をした若者は、名をユーゴという。


「奴らの空中戦艦だけじゃない。地上部隊も王都方面に動いている?」

「この国から去るつもりかね」


 ユーゴのそばに同じく潜んでいる戦士が三人。


「撤退してくれればいいんだけどなぁ」

「連中が撤退する理由なんてないだろう」


 ユーゴがしかるように言えば、頭にバンダナを巻いた戦士が口を開いた。


「でも、聞いた話じゃ大帝国は本国が大変なことになっているらしいじゃないか」


 皇帝が死んだ、という話。クーカペンテ駐留軍は決して言わないが、そのうわさは広がっている。

 クーカペンテの各抵抗組織にも、そういう情報が流れてきている。


「それに、スティグメ帝国とかいう吸血鬼の軍勢が現れて、大帝国とドンパチやってるって言うぜ」

「……」


 ユーゴは口元を引き結んだ。

 最近では、バラバラだった抵抗組織間にも情報のやりとりが活発になされるようになっている。


 クーカペンテには被害は出ていないが、隣国のプロヴィアやその近くのトレイスには、スティグメ帝国の軍勢が現れて猛威もういを振るっているという。

 大帝国の地方軍は、それに対処するためにクーカペンテ駐留軍を始め、近隣部隊からも増援を引き抜いて対抗している。


 ――つまるところ、クーカペンテ駐留軍はその戦力が小さくなっている。


 引き抜きに加えて、本国の揉め事で援軍もクーカペンテを素通りしている。大帝国を叩き出すなら、今が好機なのだ。

 ユーゴはまなじりを決する。


「やるぞ」


 二人の戦士が視線を寄越した。


「おれたちのやれることなど高が知れているかもしれん。だが各地の抵抗組織が蜂起するために、おれたちは一番槍となって突っ込む」


 戦士たちの表情が引き締まった。その目は据わり、生への諦めと死の覚悟がない交ぜになった顔だ。


「ラビット、陽動を頼む。ディックとダンはおれと来い」

「了解」


 ユーゴは指示を出すと、すっと一呼吸。


「ラーゼンリート万歳。クーカペンテ万歳」


 ショートソードを手にユーゴは潜伏していた茂みを出た。敵に気づかれないよう、二人の戦士も、極力遮蔽しゃへいの陰に沿ってユーゴに続いた。


 街道には大帝国歩兵の一団が王都方面へと歩いている。ユーゴたち3人はベッコ砦の近くに駐機ちゅうきされている大帝国の人型兵器、カリッグの近くに忍び寄る。


 機体の整備をする者が数人。そして操縦者と思われる者たちが簡易なテーブルを囲ってサイコロを使ったゲームに興じていた。

 のんびりした空気がただよっている。しかし、空気は一変することになる。砦近くの林からモクモクと煙が上がったのだ。


 兵士が気づき、それは整備員や操縦者も巻き込んで騒々そうぞうしくなる。


「火事か?」

「何なんだよ、あれは――」


 今だ――ユーゴたちは遮蔽しゃへいから飛び出した。仲間が陽動している間に距離を詰め、整備用の台に飛び乗り、カリッグのコクピットへ。


「あ!?」


 整備兵のひとりと鉢合わせした。しかしユーゴは有無を言わさず剣で整備兵の首を裂いた。声を上げることもできず、喉を押さえて台から落ちる整備兵。

 今の物音で近くの何人かが振り返ったかもしれない。だが構わずユーゴはコクピットに滑り込んだ。


 溜めていた息が漏れる。心臓がこれ以上ないほど鼓動を繰り返す。びっしりかいた汗を自覚しつつ、ユーゴは操縦システムを立ち上げる。


「二度目なんだ。前よりうまくやってみせる……」


 祈るように呟きながら、たどたどしく操作していく。機体は待機状態だったから、すぐに動かせる状態だった。


『おい、誰が乗っている!?』

『まさかゲリラか!』


 コクピットの外が騒がしい。こちらが乗り込むのに気づいたようだがもう遅い。フットペダルを力強く踏み込む。

 人型兵器カリッグが立ち上がった。正面のマジックモニターには外部の景色が映し出される。


 大帝国兵が小さく見える。この視点こそ、大帝国の連中が抵抗する連合国の人間を見下し、潰してきた目線だ。

 今度はこちらの番だ。ユーゴの操るカリッグは戦斧を取ると、敵兵めがけて振り下ろした。



  ・  ・  ・



 クーカペンテ国東部辺境にあるパッコローの町。

 くたびれたボロ家が立ち並ぶこの町に、俺とベルさんはいた。


「何とも寒々しいじゃねえか。ここはスラムか?」


 黒猫姿のベルさんがぼやく。

 ひどく質素な建物ばかりで、道は狭く、さながら迷路のようだった。俺は周囲の様子を確認するが、出歩いている人間にほとんど出会わなかった。


「クーカペンテでも特に貧しい一帯だな」

『注意してください』


 俺の影から声がした。


『大帝国の兵が警邏けいらしています。見つかると厄介です』


 シェイプシフター諜報員である。予め、この国に潜入させていた諜報部のメンバーは少なくない。


「まあ、気をつけるさ」


 俺は歩を進めた。幸い、建物が多く、遠くから見つけられることはほぼない。


「いざとなれば透明になるなり、黙らせればいい。それより、こっちの道でいいんだな?」

『はい』

「じゃあ、さっさと行こう」


 俺とベルさんは静寂に包まれた町を行く。住民がいるのかいないのかわからない。さながらゴーストタウンのようだ。

 そんな町で、俺はこれからある人物のもとを訪ねる。……生きているか、戦友?

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