第1205話、シェード将軍、ウィリディス軍の強みを理解する


 アリエス軍港を俺とシェード将軍は歩いていた。

 巨大なドックに係留けいりゅうされている航空艦艇。俺が訪れたのは、シェードを見送るためだ。


 大帝国の圧政から故国と占領地を解放する――それがシェード率いる解放軍である。

 旗艦の戦艦『オニクス』のほか、主力戦艦となるマールカル級などの、魔法文明艦からの改修した艦の姿がある。


「あれがインスィー級戦艦だったとはとても思えません」


 シェードは、マールカル級戦艦を見やりそう評した。改修したこの戦艦は、大帝国の空中艦艇のシルエットやデザインがかなり盛り込まれている。

 たとえば艦首の形状は、大帝国のⅡ級クルーザーや『キアルヴァル』などに似ているのだ。


「変わったのは見た目だけじゃない。主砲は機械文明式のプラズマカノンに換装している。インスィー級に比べても攻撃力は強化されている」


 大帝国の艦艇なら互角以上に戦える。


「だが、スティグメ帝国の戦艦の火力には注意だ。シールドがあるとはいえ、主砲口径はあちらさんが上だからな」

「心得ております」


 シェードは首肯しゅこうした。

 そして俺たちはいよいよ解放軍艦隊の旗艦である『オニクス』へと近づいた。

 大帝国のイハル軍港から奪取した機械文明時代の巡洋戦艦。……いや、戦艦に改装された新生オニクスである。

 かつて黒かった艦体色は、ダークグレーに微妙に変更されている。


「まさか、この短期間で大規模改装されるとは……」


 驚きを隠せないシェードに、俺は片方の眉を吊り上げてみせた。


「うちには同型の『ディアマンテ』があるからね」


 エルフの森での大帝国との艦隊決戦の直後、少数の魔人機部隊による奇襲で損傷した『ディアマンテ』。

 その後、修理のついでに大改装を施した。『オニクス』には一番艦『ディアマンテ』と同様の改装をしたのだ。


「君の指揮していた艦隊から出撃した奇襲部隊だった。あれは見事だったよ。俺も肝を冷やしたよ」

「あの場にいらしたのですか?」

「ああ、『ディアマンテ』に乗っていた」


 なるほど、という顔になるシェード。


「あの艦のとっさの回避行動も、閣下がご指示を?」

「? ああ、回避のついでに主砲を撃つように指示した。……よく知っているな」

「……あの時、きもを冷やしたのは私も同じです」


 シェードは薄く笑った。


「あなたの指揮で、私の魔人機は足をもぎ取られました」


 何だって? すると、あの時対峙したリダラタイプに乗っていたのは、目の前のこの男だったのか!

『ディアマンテ』を損傷させた機体に、まさか彼が乗っていたとは。


「すると、俺と君は戦場で直接ほこを交えたというわけだな」


 戦場でぶつかった者同士が、いまや味方として接している。何とも皮肉じゃないか。自然と顔が綻んだ。

 やがて、戦艦『オニクス』へ乗り込むためのタラップの前に到着する。

 シェードは言った。


「今回の解放作戦、敵に増援がなければ艦隊戦力は充分でしょう」

「油断はするな。旧連合国にある地下世界の通路は手つかずだ。スティグメ帝国もここを制圧されないように大規模な戦力を送り込んでくるかもしれない」


 吸血鬼たちとしても、地上への侵入ルートを複数潰されて、その出入り口をこれ以上失いたくはないだろう。

 その時はバルムンク艦隊ほか、強力装備を有する独立艦隊で迎え撃つ。俺やベルさんの艦隊はもちろん、新編成シャドウ・フリート、青の艦隊も強力に仕上がっている。


「艦隊戦力はともかく、陸上兵力がいささか少ないようですが……」


 シェードは事務的に告げた。


「解放するのは四つの国。もちろん、クーカペンテとプロヴィアの攻略を成功させなければ次もないわけですが」

「うちは占領軍ではないからね」


 敵勢力の撃破を主眼においた軍隊だ。


「一カ所に留まり、守備隊を置いて戦線を維持いじするという戦略は最初から考えていなかった」

「最初から……ですか?」

「大帝国が反乱者と呼んでいたシャドウ・フリート。あれの運用がもともとの構想として正しい姿だな。一撃離脱。占領はせず、敵戦力を叩いたら退却する」


 俺は、戦艦『オニクス』を見上げる。


「占領地の守備、補給線の確保、治安維持――それをやると、どうやっても兵が必要になる。占領している土地が増えれば増えるほど大量にな。物資の量、輸送部隊、それらも人数に比例して増大していく」


 大国のように資源や物資が豊かでなければ難しい。一抵抗勢力から始めたウィリディス軍には、なかなか難しい分野だ。

 だが数が多ければいいというものでもない。大帝国の遠征軍が一日に消耗する物資の量などすさまじい。拠点を離れての行軍はもちろん、補給部隊の存在も物資補給の消費を拡大させる。


「なるほど、私の中でウィリディス軍というものをようやく理解できました」


 シェードは腑に落ちた顔になった。


「大帝国に対して、あれだけ強大な艦隊と航空兵力で対抗してきた。どれほどの大国だろうと思ったものですが、そういえば我々はウィリディス軍の拠点はおろか、戦っている相手だと思っていたシーパングの所在すらわからなかった。あえて拠点を作らずに立ち回っていたのですね」


 大帝国に対して互角以上に戦うのだから、相応の大国だと思うのがふつうだ。辺境小国を拠点にした軍隊だと、誰が思うだろうか。


「ウィリディス軍は正直に申し上げて、艦隊戦力だけは大国レベル以上。ある種、異常なバランス構成の軍隊です。そして面白いのが――」


 シェードは相好を崩した。


「時代遅れの連合国を味方として利用するのは、そのウィリディス軍に足りない陸上兵力を補うため。守備隊を置き、拠点を守らせる陸軍の役割を、他国にやらせていたわけですね」

「よその領土とかに興味がないからね」


 他国や他の領土を侵略して自分のものに、という考えは現代日本人の感覚にはないだろう。

 しかしこの世界じゃ、虎視眈々と人様のものを奪おうとする輩のほうが多い。


「うちの陸上兵力は、数こそ少ないが兵器の質は優秀な部類だ。敵を求めてひたすら叩く。解放した土地は現地人の手に委ねればいい。よその軍隊が居座るのは、どこの国も嫌だろうしな」

「治安は放置ですか? 解放された土地は得てして治安が悪くなりますが……」

「支配していた大帝国がため込んでいた物資を放出。とりあえず食べ物さえあれば、そこまでカオスなことにならない」


 人間、切羽せっぱ詰まると善人も悪人になるからな。


「その辺りの統率とうそつも含めて現地人たちに任せる。治安維持は頼まれるまでは放置でいい。こちらの補給線は空を飛んでいるから、盗賊などを心配しなくていいからな」


 何故、占領地の確保をしなければならないかと言われれば、補給線の維持のためというのも挙げられる。だがウィリディス軍の補給線は地上にないんだよな。

 乱暴な話、現地の治安がどれだけ乱れようが、こちらの作戦行動をさまたげる要素はないのである。


「フットワークが本当に軽いですね。我々の軍隊は」


 シェードはそう表現した。

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