第1204話、解放軍、始動


 南方領の視察は半分程度で切り上げた。

 何せ10も県がある。かなり駆け足だったのだが、大陸を巡る大戦争を片足に突っ込んでいるのだ。あれもこれもそれも全部はできない。


 俺はアリエス浮遊島軍港にいて、そこでアーリィー、ベルさん、そしてシェード将軍と今後の行動についての会議を行った。


「スティグメ帝国の動きはどうか?」

「現在のところ、大帝国領内での動き以外は特に確認されていません」


 旗艦コアのディアマンテは、中央戦術ボードにホログラフィックを表示させた。


「こちらで地下への通路を封鎖したので、敵は残る大帝国領でのみ活動しています。東トキトモ領の通路は、第二艦隊が封鎖ふうさしていますが、こちらには敵は出てきていません」


 相変わらず、大帝国と大帝国植民地では小競り合いが続いている。武力ならば他勢力を制圧できる軍部が未だにそれをできずにいるのは、スティグメ帝国相手に戦っている影響も大きい。

 外と内、双方を相手にしている限り、当面混乱は収まらないだろうな。


「とはいえ、スティグメ帝国は早々に退場させたい」


 吸血鬼帝国は、人を吸血鬼の下僕に変えてしまう。常にバイオハザード――有害な生物による大災害の危険性がある。

 始末が悪いのは、絶滅させないといつでも汚染が広がる可能性があるということだ。そしてその始末もまた、ひとつひとつ潰していくのは効率が悪い。


 そこで開発を進めているのが、魔力消失装置。吸血鬼の生命の源は魔力。それが取り込めないと彼らは死滅するという弱点が存在するのだ。

 魔法文明時代、人類を絶滅に追いやろうとした吸血鬼軍に対して、魔力消失装置はその殲滅せんめつに大きく貢献した。


 だが、この星全体に装置が効果を及ぼした結果、魔法文明も滅んでしまった。


「ディアマンテ、魔力消失装置の改良は?」

「敵の妨害に対する防御力については、おそらく問題ありません。後は効果持続時間と、非常時の安全装置の調整ですね」

「効果持続時間が短いと、完全に対象の吸血鬼を滅ぼせないかもしれないからね」


 アーリィーが言えば、ベルさんも口を開いた。


「安全装置ってのはあれか? もし魔力消失空間が拡大するようなことが起きた時に、緊急停止できるようにするやつ」

「また魔法文明のてつを踏むわけにはいかないからな」


 俺はディアマンテに視線を向けた。


「装置の改良を続けてくれ。完成したら、スティグメ帝国攻略作戦を開始する。そちらの調整も頼む」

承知しょうちいたしました」


 ディアマンテが頷いた。俺は机の上の諜報部資料に目を通す。


「次の議題。我々は旧連合国領――現在の大帝国植民地の解放作戦を始める」


 ちら、とアーリィーが、シェード将軍を見た。かつての大帝国の将軍である。しかしシェードは特に顔色に変化はなかった。


「本当は連合国に大帝国領への攻勢を打診しているんだがな。芳しい答えは返ってきていない」


 シェイプシフター諜報部からの報告を見やり、自然と眉間にしわが寄る。


「連合各国は、まだ新兵器の慣熟が追いついておらず、大帝国に対して自信がないそうだ」

「フン、どうだかな」


 ベルさんが鼻をならした。


「航空艦隊にしろ、魔人機にしろ、手に入れたら嬉々として使おうとするくらい脳みそが花畑な奴らだぞ。訓練が終わってない? そんな殊勝なことを真面目に考えているもんか」


 辛辣すぎるベルさんの意見。シェードはいささか驚いた表情を浮かべている。こちらが連合国の味方サイドだと思っていたのだろう。その味方をこき下ろす言葉に面食らっているといったところか。


「自国の防衛を優先して、攻勢には消極的である」


 それまでの戦いで、連合国は多くの兵士を失った。無能な指揮官も多かったが、兵のレベルが落ちているのは疑いようのない事実でもある。


「先日のスティグメ帝国の出現が、連合各国に自国防衛の口実を与えてしまった」


 連合国の一国、セイスシルワに出現した吸血鬼軍。

 これまでもっとも東にあることで、大帝国戦において戦地になったことがない後方の国が攻撃された。これで元から攻勢は消極的だった連合主要国が穴熊を決め込んだのだ。


 こちらの送り込んだ大使の報告曰く、『大帝国への攻勢に出ている隙に吸血鬼軍に本国を攻められたらどうするのか?』だそうだ。

 セイスシルワへの救援は素早く被害も抑えたのだが、それでも後方が襲撃されたことは連合国も重く受け止めているようだった。


「大帝国への参戦を条件に武器を与えたんだがな」


 肝心の大帝国に攻めないのでは意味がない。何事も予定通りとはいかないものだ。

 そもそも予定で言えば、連合国に武器を提供した頃には、スティグメ帝国なんて存在すら知らなかったからな。


「そんなわけで、連合国の連中の尻に火をつけるために、大帝国に占領されている旧連合国を解放する」


 俺はシェードへ視線を向けた。


「ファントム・アンガーと共に、シェード将軍が指揮する解放軍で旧連合国の大帝国、スティグメ帝国を撃退する」


 戦術ボードのホログラフィック――大陸のマップから、艦艇のミニチュア画像が整列するさまに切り替わった。


「艦隊編成は見ての通りだ。ファントム・アンガーには旧青の艦隊の残存艦を合流させる」


 これにより同艦隊は、中型空母1、小型軽空母5、巡洋戦艦3、高速巡洋艦4、重巡洋艦7、軽巡洋艦2、強襲揚陸艦6、護衛艦22、フリゲート24の合計73隻となる。


「そしてシェード将軍の大帝国解放軍の艦隊は、旧シャドウ・フリートの残存艦と、世界樹遺跡から回収した艦を大帝国風に改装した改修艦を合わせる」


 こちらは戦艦5、巡洋戦艦3、高速巡洋艦1、重巡洋艦8、正規空母3、軽空母3、強襲揚陸艦3、コルベット5、フリゲート24の計55隻。


「戦艦級を8隻も……!」


 シェードはわずかに目を見開いた。自分の指揮する艦隊が想像より大きかったのかもしれない。

 隻数はファントム・アンガーより少ないが、大きな差は小型艦である護衛艦とコルベットの隻数差によるもので、艦隊打撃力に関してはむしろ上回っていた。


「艦隊旗艦は、改装した『オニクス』だ。旧連合国領の解放は地上戦も含まれる。指揮は任せるぞ、シェード君」

「はっ、承知しました、閣下」


 シェードは姿勢を正して頭を下げた。俺はホログラフィックをマップに戻す。

 9つある連合構成国。うち4国――クーカペンテ、プロヴィア、トレイス、カリマトリアが大帝国植民地となっている。


「解放軍とファントム・アンガーは、まずプロヴィアとクーカペンテ国に進撃し、敵勢力を撃破、占領地を取り戻す。現地の抵抗勢力には、こちらの諜報部が連絡を取り合っているから、積極的に支援する」


 状況に応じて、バルムンク艦隊、ベルさんのレーヴァティン艦隊、そして新編成のシャドウ・フリート、青の艦隊も投入する。

 英雄魔術師時代に、占領されたクーカペンテを取り戻すべく戦った戦士たちのことが俺の脳裏によぎった。


 一度は解放し、故国復興のために残った彼らと別れたが、俺が連合国の裏切りで離脱りだつした後、大帝国の再侵攻が、またもやかの国を襲った。

 彼らは雄々しく戦ったそうだが、奮闘ふんとうおよばず再び大帝国に国は占領されてしまった。


 今度もまた解放しないとな……。

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