第1203話、人の話している内容は気になるもの


 国王たちが会食しながら今後の話をする。国に持ち帰って大臣らと協議する必要があることとはいえ、トップ同士が意見を摺り合わせるのはそう悪いことではない。


「ジン、お疲れさま」


 エマン王とパッセ王が細部へと話を進める中、俺はアーリィーたちに合流した。

 フィレイユ姫はアヴリル姫に、昼間の南海艦隊による海賊退治の話を熱く語っていた。エリーが新しい酒を用意してくれる中、アーリィーが俺に聞いてきた。


「何の話だったの?」

「エール川の開拓の話」

「ああ。川幅を広げて大型の貿易船も通れるようにしようって話ね」


 以前、俺が地図をながめていた時、アーリィーにはこの話をしていた。

 エール川が北はノルテ海、南はダヴィス湾と繋がっていて、双方の高低差さほとんどないと聞いた時、俺は思ったんだ。

 このエール川をスエズ運河のようにできないかって。


 スエズ運河は、俺の元いた世界にあった有名な運河であり、地中海と紅海を結ぶ。大陸を回ることなく、航行距離を短縮することができるこの航路は、多くの船が往来していた。

 確かこの運河ができた時、地中海沿岸は海上貿易が急激きゅうげきに発達し、恩恵を受けたと記憶している。

 そうとなれば、エール川でやってみる価値はあるとみた。


「エール川の流れはゆるやかだって聞くけど――」


 アーリィーは首をかしげた。


「オールが使える小船はともかく、風が頼りの外洋船が川上りなんてできるのかな? ウィリディスの水上艦が装備する魔力機関があれば別だけど……」

「それな」


 俺はビールを一杯あおる。


「そこで曳船ひきふねを使う」


 いわゆるタグボートである。船や水上の構造物を曳航えいこうしたり押したりする小型の船だ。


「外洋の貿易船は通行税代わりに曳船を利用してもらう。なければ進めないんだから、必然的に利用料金を支払うことになるんだけどね」


 大陸を遠回りしなくて済めば、コストを節約できるのだから、それより安いなら曳船の利用料も払うだろう。

 通行税を徴収ちょうしゅうするという手もあるが、ヴェリラルド王国とリヴィエル王国の双方が絡んでいる地形だ。それぞれ好き勝手に通行税をとってしまうと、商人たちにとって航路短縮の旨みが薄れてしまう。


 ぶっちゃけ、曳船会社を作って、そこで得たお金から双方の国に取り分を分配するやり方がいいのではないか、と考えている。これは、エマン王、パッセ王双方の反応を見る必要があるけど。


「その曳船はどこの誰が作るのかな?」


 アーリィーが悪戯っ子のような顔になった。俺は焼けたウィンナーを取る。


「どこの国が使おうが、作った奴は儲かるだろうね」


 当面はウィリディスの造船部門がタグボートを量産することになるだろうな。


「ただ、いずれは民間用の魔力機関も出回るようになるし、地元民の手による曳船や河川用船の建造をやらせたいね」


 南方侯爵としては、ザントランクの町などに打診したいところではある。……このウィンナー、パリッとしてうまいな。


「そうそう、話は変わるが、お義父さんに君との結婚を早くするようにせっつかれた」

「け、結婚!」


 アーリィーがビクリとして、途端に赤面した。


「ああ、うん。ボクもしたいけど、それは戦争の後って話だったんじゃ……」

「子作りはな。戦争ストレスがない環境のほうが子供のためにはいいと思う。だが結婚は先にやってもいいだろう、と言われた」


 ただ『戦争が終わったら子供を作ろう』とか、最終決戦の死亡フラグっぽくてあまり考えたくないんだけどね。

 それと、これは言ってもいいのかな……。


「パッセ王からもアヴリル姫を俺と早く結婚させたいという話だ」


 前々から第一夫人、第二夫人の話はしているし、アーリィーも認めている。だが理性と感情は別物だからな。


「リヴィエル王国の王位継承権がからむもんね」


 アーリィーは、あっさりした口調だった。内乱のせいで、混迷を深めるリヴィエル王国次期国王問題。


「アヴリルの子が王様になるかもしれないんだよね」

「……」


 アーリィーと俺の子も、ヴェリラルド王国では王位継承権が発生する。まあ、次の王であるジャルジーがいるから、彼のところに男子が生まれれば、その次の王はその子に確定。うちの子が王様になることはないだろうけど。

 やっぱ、心境は複雑かな。第二夫人の子はリヴィエルでは王様候補。第一夫人であるアーリィーの子は、ヴェリラルド王国では王様になる可能性は極低いとなると。


 もっとも、アーリィーの子は王様になれなくても、トキトモ家、つまり南方侯爵の後継者筆頭になる。

 王族か上位貴族か……。俺の息子、娘が生まれたら、きっちり貴族の子供ルートになるんだよな。なりたいものに自由になって欲しいと思うのは、現代人感覚かな。


「そんなわけで、日々忙しいが、俺たちの結婚式のことを考えておこうと思う。もっとも、俺たちよりジャルジーとエクリーンさんが先だけどね」


 次の王様であるジャルジーが結婚すること。さらに彼に後継者がいるなら、ヴェリラルド王国の民も万々歳だ。


「まあ、何のお話ですの?」


 俺とアーリィーに、サーレ様、ヴァンドルディ様が声をかけた。ふたりが和んでいる姿は、現世に現れた女神同士の雰囲気をかもし出す。


「結婚式の話です」


 そう言ったら――


「まあまあまあ!」


 お二方のテンションが上がった。ご婦人方はこの手の話題がお好きなご様子。サーレ様にとっては、アーリィーは妹。ヴァンドルディ様にとってはアヴリル姫は娘なのだから。



  ・  ・  ・



 翌日、俺たちは南方領視察に戻った。

 パッセ王たちは昨夜のバーベキューののち、そのままお帰りで、エマン王もまた王城に戻ってお仕事だ。

 おそらくエール川やパッセ王との話し合いのことを大臣らと協議するんだろうな。


 ザントランクより南、沿岸に沿って移動。漁港や港町を次々に訪問。ヤール県の南側にも海軍の施設が欲しいな。

 ザントランクには南海艦隊の母港があるが、南方から侵入してきた敵に対して、早期迎撃できる部隊や拠点はあったほうがいいだろう。


 ヤール県の最南端が国境線であり、そこは魔獣などが跋扈する大森林地帯となっている。南にある国は、森を超えて、高原地帯を抜けて、砂漠の向こう。

 なお、この間には遊牧民やら獣人や亜人のテリトリーがあるらしい。……その辺りとも交流できたらいいな。


 何かあった時に備えて守備隊を置くが、大帝国やスティグメ帝国との戦争がひと段落したら、開拓を進めたいと思った。

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