第1202話、国王たちのやりとり


 アヴリル姫が男子を生めば、その子は次のリヴィエルの王となるかもしれない。

 パッセ王とエマン王のやりとりを聞いた俺は考える。


 アヴリル姫の結婚相手は貴族となるだろうが、その男には王位継承権は発生しない。発生するのは、その子供だ。

 で、今、アヴリル姫の婚約者というと……俺だ!


 パッセ王は俺にアヴリル姫を嫁に出すつもりである。アーリィーが第一夫人で、アヴリル姫は第二夫人。

 そしてアヴリル姫のほうの子供には、リヴィエル王国王族の血が流れている。他の継承権持ちとの距離を考えると、現王の娘でありアヴリル姫に軍配が上がる。


 なお、リヴィエル王国は王族女性にも王位継承権があり、男子がいない場合、女子が王――女王となる。

 ただ、その場合、アヴリル姫が女王になるので、俺と離婚か、それか俺が彼女の家に婿入りすることになる。


 パッセ王としたら、むしろ来てくれと歓迎してくれるだろうが、エマン王は大反対するだろう。

 ああ、面倒かつ複雑な状況よ。息子が生まれたら生まれたで、その子はリヴィエル王国の次の王様になるかもしれないんだろう? これまた何かすっきりしないというか、複雑な心境。


 子供には、自分のなりたいものになって欲しいんだけどなぁ。選択肢がないってのは、どうなのよ……。これも貴族とか王族の子の宿命とでもいうのだろうか。

 俺がこの世界の一般的貴族だったなら、自分の子供を王様にできるって喜んだんだろうか? 異世界にきて、元の世界の感覚が根っこにあるから、どうもしっくりこない。


「――それで、ジンよ」

「……はい?」


 呼びかけられたので、思考の海から浮上する。会話の内容が変わっていた。


「リヴィエル王国の王都王城の反乱軍を、早々に降伏される手はないものか?」


 エマン王が酒で唇を湿らせれば、パッセ王は頷いた。


「ヴェリラルド王国から購入した空中戦艦を王都の空に浮かべれば恫喝どうかつもできようが……」

「その場合、リヴィエル王国所属であることを明確に示す必要がありますね」


 間違ってもヴェリラルド王国軍の戦艦で乗り込んではいけない。それでは王都の民などに侵略と受け取られてしまう。

 たとえパッセ王が味方と説明したとして、他国の介入で解決したら、しこりが残るのではなかろうか。


「目立たずに解決すれば、他国の介入も説明如何でどうにでもなるんですけどね」


 だって誰も見ていないなら、説明でどの方向に持って行けるから。


「理想を言えば、リヴィエル王国独力で解決することです。パッセ陛下の言われた空中戦艦で恫喝どうかつしてうまくいくなら、リヴィエルの民にも強さをアピールできますし」

「うむ……。しかし、先行配備分はまだ乗員の訓練が完了していないと報告を受けている」


 パッセ王は難しい顔になる。世界樹遺跡を巡って回収した魔法文明艦艇を、ウィリディス式に改修したものが、第一陣としてリヴィエル王国に配備されている。こちらから指導はしているものの、彼らにとって未知の技術も多く、戦術なども含めて練兵の最中だった。


「先日、購入したドレッドノート級に関しては言わずもがなだ」

「そっちはこっちで人数を回しますよ」


 どうせシェイプシフター兵とシップコアで融通がきくしな。


「王都上空で艦隊戦をするわけではないので、威圧だけなら移動できる程度でも問題ないでしょう。艦隊さえリヴィエル王国軍であるなら、乗員が他国の者たちでもバレやしませんし」

「なるほど、一理あるな」


 王子の反乱軍と睨み合いをこれ以上長引かせたくないのだろう。パッセ王は乗り気だった。


「エマンよ。ジンを少し貸してもらってもいいか。早々に国を平定したい」

「ジンにも都合がある。あまり長くはやめろよ」


 エマン王は真顔だった。

 軍事同盟があるからこそのやりとりである。もし今ほど友好関係になければ、国王と王子の対立の隙をついて攻める好機だっただろう。特に今のヴェリラルド王国軍なら、リヴィエルの混乱をついて侵略も容易たやすかった。……大帝国が、本来狙いたかった隙なんだけどね。


「ひとつ貸しだな」

「わかっている」


 パッセ王は頷いた。そこでエマン王は、思い出したとばかりに言った。


「また貸しが増えたな」

「言うなよ。不義理はせん」

「ひとつ借りを返せるかもしれん話があるぞ」

「というと……?」


 パッセ王が聞けば、エマン王は俺を見た。


「ジン、あの話をせよ」

「……どの話ですか?」


 あれとかそれでは伝わらないのと同様、打ち合わせなしに人の意図を理解するのは難しい。


「エール川の話だ」

「理解しました」


 ザントランクの町で、俺がエマン王に披露した構想だ。


「パッセ陛下、実はまだ仮の話ではあるのですが、エール川を大型船でも通過できるようにしようという構想がありまして――」


 外国の貿易船の交易ルートにエール川を組み込み、その補給拠点としてエール川周辺都市で儲けましょうという話である。

 エマン王はニヤニヤして、パッセ王の反応を見ている。そのパッセ王は驚きつつ、しかし険しい表情だった。


「話は理解した。確かに実現するならば、双方ともに利のある話だ。しかし障害も多い」


 川幅を広げる大工事となる。何年、下手したら十年規模のものとなる可能性もある。さらに土地を若干けずることも両国の地元領主たちが受け入れるかどうか。物理的に両国をつないでいる橋を、新しく作り直す必要もある。

 莫大な費用をいったいどこから抽出するのか。また、人の手で川幅を広げることが困難な場所もあるだろうと予想された。


「現状では夢物語だ」

「そうなのか、ジン」


 エマン王は片目をつむって俺を見た。


「ウィリディスの技術なら可能か?」

「はい、可能です」


 俺はよどみなく答えた。


「工事をやらせてもらえるなら、私のところで広げてごらんにいれましょう」


 ダンジョンマスターは魔力さえあれば地形改変などお手のものだ。エマン王は頷いた。


「まあ、あくまで構想段階ではあるのだがね、地元を説得できるなら実現事態は可能な計画だ。私は進めるべきだと思っておるが、貴様も乗らないか?」


 エマン王はひとの悪い笑みを浮かべた。


「もし支持するなら、貴様の国で建造予定の空中艦隊用の軍港施設作りを支援してもいいと考えておるが……どうだ?」

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