第1201話、父親たちは孫の顔が見たい


 南トキトモ領ヤール県ザントランク郊外のプライベートビーチ。

 別荘でのバーベキューパーティーを楽しむ俺たちのもとに、隣国のリヴィエル王国のパッセ王ご一行が訪れた。

 軍事同盟締結以来、ウィリディスを通して両国の王族は友好を深めていた。王様同士が浜辺でバーベキューなど、そうそうない光景だろう。


「トキトモ侯の領地が増えたそうだな。おめでとう」

「ありがとうございます。苦労が増えました」


 俺の言い回しに、パッセ王はニヤリとする。


「まったくだ。王とて領地の全てを見通すことはできんからな」


 だから貴族たちに土地を与えて面倒を見させているのだ。ひとりの人間ができることなど高が知れている。


「なんだ、国の面倒も見れんのか」


 エマン王が口元をほころばせた。


「なんなら貴様の国の一部を私が面倒を見てやろうか?」

「ぬかせ。貴様にはやらんわ!」


 王様たちによる領土ジョークというやつだろう。冗談めかしているが、ちょっとでも口を滑らせたら、途端に噛みつく危険をはらんでいる。怖い怖い。


「それで、反乱は収まりそうか?」


 エマン王が真顔になれば、パッセ王も同様に表情を引き締めた。


「ガニアンがな、なかなか白旗をあげてくれんのだ」


 パッセ王の息子、ガニアン王子は大帝国と同盟し、父王に反逆した。その父、パッセ王はヴェリラルド王国軍と同盟を結ぶことで対抗。かくて王国軍と反乱軍によって、リヴィエル王国は二分しているのだ。


 俺たちヴェリラルド王国が、大帝国西方方面軍を叩いたことで、リヴィエル王国の大帝国軍は孤立。さらに様子見だった諸侯がパッセ王のもとへ流れたために、王率いる王国派が優勢の状況にあった。


「王子は王城に籠城しておる。こちらも城を包囲しているが、いかんせん状況が動かない。反乱軍とはいえ同胞ゆえ、積極的な戦闘は極力避けたいのだがな」

籠城ろうじょう戦は時間がかかる」


 エマン王はため息をついた。


「しかし、空中戦艦に強力な武装……これらがあれば城攻めの形も変わる」

「はい。現に大帝国は空中艦艇による爆撃により、圧倒的な攻撃力と拠点攻略戦術を確立しました」


 俺が言えば、パッセ王が口を開いた。


「トキトモ侯も、南方領の反乱の際も、空中艦隊によってわずか数日で攻略戦を終えたらしいな」

「電光石火の早業よ」


 エマン王が相好を崩した。


「あれは私もスカッとした」

うらやましい」


 パッセ王は隠すことなく言い放った。


「トキトモ侯、リヴィエルへ来い」

「ジンはうちの子だ。貴様にはやらぬ」


 エマン王が冗談か本気かわからない調子で言った。


「うちの子にもなるのだぞ」


 パッセ王が、アヴリル姫へと視線をやった。


「我が娘をトキトモ侯に嫁がせるのだからな」


 アーリィーが第一夫人。そしてアヴリル姫が第二夫人という流れなのだそうだ。

 王族や貴族でよくある一夫多妻のひとつの形である。正室と側室とかよく聞くが、あれとはまた違うと聞いた。順番はつけられているが、どちらが明確に上とかそういうのはないという。


 今回の場合、相手が両方とも王族でお姫様だから、上下をつけてしまうと下扱いされた国の人間から余計な恨みを買いかねないのだ。

 そうそう、一応、第二夫人を迎えるかについて、第一夫人の許可が必要という決まりがある。順番の若さではなく、先着順というやつではあるのだが、妻を複数迎えるなら、その妻たちの意思が重要になるわけだ。


 で、アーリィーは、もとよりハーレムに寛容かんような姿勢を持っていたが、アヴリル姫に関しても仲がよく、オーケーを出した。

 ゆえに、俺がアヴリル姫を迎えるというのは、俺が思った以上に進んでしまっていた。貴族の結婚はままならないとは聞いていたが、こういうこともあるんだな……。


「ジンよ。早くアーリィーとの結婚を済ませろ」


 エマン王が言い、パッセ王も頷いた。


「そうだぞ。そしてアヴリルとも早く結婚してくれ」


 王様二人が口をそろえる。父親公認とはいえ、娘を嫁に出すのを急がせるのは王族や貴族だと当たり前なのだろうか。その辺りの感覚がズレているのか、俺は首を傾げてしまう。


「しかし今は戦争で手一杯なところがありますから……」

「子供のことであろう? 何故か知らんが、戦争が終わるまで子を作らんつもりらしいが」


 エマン王は眉をひそめた。


「結婚自体は先にしてしまっても問題なかろう。子供は戦争が終わった後で、ゆっくり育てればよい」


 なるほど。そりゃそうだ。結婚したら子供を授かるというものでもない。……そうだなあ、結婚。フラグめいたものを感じてちょっと思うところもあるが、周囲からせっつかれて意識するようになるよりはマシかもしれない。


「考えておきます。しかしエマン閣下。私よりも、まずはジャルジー公爵の結婚式のほうが先では」


 次期ヴェリラルド王国国王となるジャルジー。周囲にはそのようにすでに告知もされている。

 俺も王族と結婚することになるのだから、次の国王様の前に結婚するのはちょっと収まりが悪いのだ。


「すぐに打診しておく」


 エマン王が即そう発言した。……この人、そんなに俺とアーリィーを早く結婚させたいのか。


「すまんな、パッセ。話が逸れてしまった」

「いやなに。我が国の未来にも関わることよ」


 お互いに頷く王様。そしてエマン王は言った。


「それで、貴様の後継者はどうなるのだ?」


 ガニアン王子はパッセ王の息子である。それが敵側にいるのだ。この内乱に決着がついた際には、どうあっても責任をとらねばならない立場である。当然、彼に王位継承権など与えられるはずがない。


「期待をかけていた長男はすでに亡く、次男は反逆した」


 パッセ王は沈痛な表情を浮かべた。


「私の子は、アヴリルひとりだ」

「親族は? 貴様には姉と妹がいただろう?」


 エマン王は重ねて質問した。パッセ王は眉間にしわを寄せる。


「姉はガニアンについた。息子がいたが王子側についた以上、継承権は剥奪はくだつだ。妹のほうは息子と娘がいた。継承権順位は下だが、他に男子がいなければ息子を私の後継にと推してくるだろうな」

「そうか」


 エマン王は表情を引き締めた。


「つまりアヴリル姫の子供が、次の貴様の後継として上位にあるわけだ」

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