第1199話、南海艦隊、帰港す


 南海艦隊旗艦『薩摩さつま』。

 ウモ海賊団の旗艦きかんである戦闘帆船が消えていくのを、俺たちは司令塔の窓から確認した。


「意外とあっけなかったな」


 エマン王が双眼鏡を下ろす。


「防御魔法がなくなれば、あんなものでしょう」


 俺は戦術ボードに向き直る。次々に報告が舞い込む。


『敵サハギン、分散しながら、艦隊より離れていきます!』

『海賊船団、全滅。残存ざんぞんする船、ありません』


 海の魔物たちも、制御していただろう旗艦が沈んだことで逃げ出したようだ。これで一件落着……か?


 艦隊各艦から報告がやってくる。艦の被害はなし。遊撃部隊撃滅げきめつに引き続き、被害なしの完全勝利である。

 敵に攻撃させなかったから当然だ。敵の射程外から一方的に叩いた結果である。攻撃される前に倒す。攻撃は最大の防御となったわけだ。


「艦長、母港へ戻ろう」

『承知しました、閣下』


 南海艦隊は反転し、ザントランク――母港であるタリスマン軍港へと針路をとった。

 ああ、そうそう。ひとつ思い出した。俺は通信士に指示を出した後、フィレイユ姫のもとへと歩み寄った。

 初めてみた海戦について、フィレイユ姫は姉であるアーリィーに興奮気味に話している。


「失礼、レディ。左舷側に、我が潜水戦隊のくじらが浮上します」


 戦闘前の約束を果たさなくてはいけない。彼女に潜水艦を見せると言っていたのだから。


『全艦へ達する。左舷より、友軍潜水艦が浮上する!』


 山房艦長のアナウンスが聞こえた。フィレイユ姫が左舷窓に手をついて覗き込むように外を見れば、やがてそれは海中より姿を現した。

 波を裂いて、その巨艦は浮上した。フィレイユ姫が思わず、声を上げる。


「わあぁ、大きい! 白い……クジラですわ」


 白鯨はくげい級万能潜水艦1番艦『白鯨』が、その名の通り白き船体を露わにした。

 潜水艦をクジラの形にしたらこうなった――としかいいようがない形をしている。

 ベルさんが言った。


しおは噴かないのかい?」

「垂直ミサイル発射管ならあるぞ」


 俺が冗談めかせば、隣にエマン王がやってきた。


「このような巨大なものが海中を泳いでいたとは……」


 そもそも潜水艦という概念がいねんすら怪しいこの世界である。


「これも機械文明時代の技術を発掘できたおかげです」


 俺は王と同じく『白鯨』を見やる。


 基本コンセプトはこちらで考えたが、潜水艦としての技術は、テラ・フィデリティアのものを使って作られている。

 あの時代になかったものでいえば、機関であるシード・リアクター。装甲にも用いられている水属性の魔法金属などか。


「魔法文明の前に存在したという機械文明――」


 エマン王が静かに目を閉じた。


「現代では遠く及ばない技術を誇る超文明だったのだな……。我々の常識を超越した恐るべき文明だ」


 今より発達していたのは間違いないからな、テラ・フィデリティアは。異星人の侵略からこの星を守るべく戦い、そして滅びた文明。

 その後、異星人に支配されなかったところから、テラ・フィデリティアは文明崩壊と引き換えに侵略軍を撃滅げきめつしたのだろう。


 機械文明なくば、のちの魔法文明はなく、現代もまた違ったものとなっていたに違いない。

 歴史だねぇ……。



  ・  ・  ・



 駆逐艦『テンペスタ』――ラヴィーネ級駆逐艦5番艦である。

 全長95メートル、基準排水量1800トンの駆逐艦は、南海艦隊の所属であるが、艦隊を離れて単独行動をしていた。


 現在、ダヴィス湾、ウモ海賊団遊撃隊を撃破した海域に差し掛かっている。

 上空には、空母『鳳翔ほうしょう』から派遣されたシーホーク艦上攻撃機が滞空して海面を見張っている。


『溺者、確認!』

「停船する。救命艇を下ろせ!」


 シェイプシフター駆逐艦長が指示を出せば、船体中央に積んでいる救命艇を海面に下ろした。

 南海艦隊が海賊船団と交戦前、ジン・トキトモ南海艦隊司令長官より海賊生存者の捜索と救助命令を受けた『テンペスタ』は該当海域へ急行したのだ。


 鳳翔の航空隊が遊撃隊の船を全滅させたのは知っている。海賊の漂流者など、放っておいても、おそらく問題はないだろう。海の真ん中である、普通は助からない。

 だが万が一にも、通りかかった船が漂流者に気づいた場合、救助活動をして海賊を乗せてしまうと問題が発生する可能性も皆無とは言い切れなかった。


 要するに、何か問題が発生する前に回収してしまおうということだ。

 シーホーク艦上攻撃機が低空に留まり、生存者の発見、通報を行うことで、『テンペスタ』と救命艇は漂流者のもとへ迅速に駆けつけた。


『ほら、しっかりしろ!』

『つかまれ!』


 シェイプシフター兵たちは濡れ鼠となっている海賊を救命艇に引き上げていく。

 中には負傷者もいて、木材の切れ端につかまっている者もいた。シェイプシフター兵が飛び込み、負傷者を船へと導く。


「ボス、ボス。助かりますよ。……ジョーヴェ! おい、寝るな!」


 太っちょの海賊が、ひょろ長い長身男の頬を叩いた。二人とも負傷し、血だらけだった。シェイプシフター兵がさっそく応急手当を行う。

 ジョーヴェと呼ばれた男は意識を失いかけている。シェイプシフター兵は太っちょに言った。


『名前は?』

「オレ? ボッジス」

『ボッジス、この細い奴に声を掛け続けろ』

「なあ、あんたらは……」


 ボッジスと名乗った海賊が言いかけたが、ジョーヴェの傷の手当をしていくシェイプシフター兵を見て、首を振った。


「――ボス、しっかり。助かりますからね!」


 かくて、駆逐艦『テンペスタ』の救助活動で、海賊漂流者は8人が収容された。うち半数が怪我人であり、駆逐艦内でさらなる手当てを受けた。


 活動中、血に釣られた魔物が近づいてきたが、上空警戒のシーホークが追い散らし、無事に生存者の回収を完了。『テンペスタ』は母港のタリスマン軍港へと引き返したのだった。

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