第1195話、ウモ海賊団、領海に侵入す


「お父様!」


 すでにフィレイユ姫とアーリィーが司令塔に来ていた。サキリスらメイドたちは後ろで控えている。


「その衣装! 若返ったように見えます!」

「む、そうか……」


 エマン王は娘からめられて満更でもない様子だった。海軍軍服は、人をスマートに見せる――以下略。


「ジン様、お父様、見てください! このお船も大きいですが、あちらに続くお船もとても大きいですわ!」


 右舷側へと視線を向ければ、南海艦隊の航空母艦『鳳翔ほうしょう』が白波を蹴って航行している。


 飛隼型航空母艦の二番艦であり、より正確に言えばその改良型だ。全長227メートル。基準排水量1万6500トン。速力は30ノットを発揮する。艦載機は飛行甲板に駐機ちゅうきした分も含めて、54機を搭載している。

 ほか、重巡洋艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦4が付き従う。いずれも水上艦艇であり、対艦、対空、対潜能力を備えている。

 さらに3隻の潜水艦が海面下、艦隊に随伴ずいはんする。


 タリスマン軍港を出港した南海艦隊は、ダヴィス湾を南下。西沿岸部に沿って航行する。なおエール川を挟んだ西側はヴェリラルド王国ではないが、ダヴィス湾に面している西沿岸はリヴィエル王国でもなく、魔獣の多い大森林地帯となっている。

 一応、一部がリヴィエル王国が領海を主張しているが、そこは迂回しておく。


 司令塔内、後方にある海図に俺とエマン王は歩み寄る。ベルさんとシェイプシフター士官がいて、海図にはホログラフィック状のアイコンが複数浮かんでいた。


「ポイニクス観測機よりの報告です」


 シェイプシフター士官が、海図上の赤い船型アイコンを指揮棒にて指し示す。


「海賊船団は、現在二つに分散しております。最大戦力である主力は大森林沿岸に沿って東進中。そしてそれより南に少数ながら高速で移動する小型船群が存在しております」

「南のは遊撃戦力か」

「タリスマン軍港司令部の見解では、この小型船群はおとりと推測されております」


 前領主の海軍にいた古参海兵の証言いわく、ウモ海賊団は魔法を使う者たちがいて、少数部隊で迎撃戦力を誘引しつつ、その隙に主力が目的地を襲撃、略奪するらしい。

 それらの情報収集から、タリスマン軍港司令部のディアマンテ・コピーは敵の戦術や兵力について分析を行っていた。


「迎撃を誘い出す囮部隊は難敵です。魔法と組み合わせることで高速機動に終始します。帆船では追跡できず、無視を決め込めば一撃離脱でちょっかいを出してくるようです」

「目障りな奴だな」


 ベルさんが鼻をならした。


「魔法使いがいるってのが中々面倒だ」

「そこらの農民あがりの雑兵ぞうひょうと思っていると痛い目にあうということだな」


 俺は頷く。近づいて、たとえば火属性の攻撃魔法なども繰り出せば、船を炎上させたりもできるだろう。まあ、これらは魔法に限らず、火矢とか爆発物でもできるのだが。

 少なくとも、我が南海艦隊は簡単に燃えないけどな。


 敵はダヴィス湾で悪名を轟かせる海賊団だという。油断はしない。


「こういう厄介者は早々に排除する限る。鳳翔航空隊に命令、敵遊撃部隊を叩かせろ。艦隊は敵主力船団に進撃。これを撃滅する」


 方針は決まった。俺の命令はただちに各艦に伝達された。

 空母『鳳翔』の飛行甲板では、シーファング艦上戦闘攻撃機とシーホーク艦上攻撃機が並べられていて、それが垂直浮遊発艦により飛び立つ。


 空中で武器翼を展開したシーファングが6機。大型ヘリのようなシルエットのシーホークが3機、南海艦隊を離れて南西の空へと消えていく。

 航空母艦からの発艦を初めてみたらしいフィレイユ姫は驚きに口が開いたまま。エマン王は俺に言った。


「あれの戦況は見れないか?」

「シーホークに撮影機材がありますから、送らせましょう」


 うむ、とエマン王は頷いた。

 シーホーク艦上攻撃機は戦闘以外にも乗員輸送、偵察ほか捜索活動や溺者救助など多種の任務をこなせる機体だ。


 偵察や観測用の装備もあるので、王がご所望のリアルタイムでの映像確認も可能である。



  ・  ・  ・



 ウモ海賊団で『投げ槍隊』の異名を持つ小型船群は一路、ヴェリラルド王国南部領沿岸を目指していた。

 先頭を行くヴァッサーファル号は、いわゆるロングシップと呼ばれる小型快速の船である。これに魔法の力で加速し、モーターボートもかくやの高速を誇る。


 船長のジョーヴェは投げ槍隊隊長だった。

 身長190センチの長身の彼は、槍を持っているが本職は魔術師だった。


「ボス、もうじきヴェリラルド王国ですぜ!」


 部下のボッジスがダミ声で言った。中年太りした海賊男は視線を水平線に向けている。


「聞きやしたかい? 何でもザントランク一帯を治めていた領主が、王様に楯突いたとかで、クビになったそうですぜ」

「ほう……」


 ジョーヴェは生返事。ボッジスは気にせず言った。


「新しい領主がきたらしいですが、何でも軍船を売却したとか。今襲ったら、楽ができますぜ」

「いったいどこからそんな情報を仕入れたんだ?」

「この前ひっ捕まえた商人でさぁ」


 ボッジスが呵々と笑った。ジョーヴェは眉を潜める。


「信用できるのか?」

「さあ、泣いて命乞いしてましたからねぇ。嘘をついている可能性は低いと思いやすが……」


 それ証言以外に裏付けるものは何もないようだった。ジョーヴェは鼻をつまむ。これを見たボッジスが苦笑した。


「拗ねないでくだせぇ。もしかしたら、オレらが引っかき回すような敵もいるかもしれやせん」


 ジョーヴェは戦闘が好きだ。海賊団の中でも、危険な敵と交戦し、引きつける囮部隊を率いている男だ。鈍足の敵の船を翻弄ほんろうするのが好きなのだ。

 投げ槍隊は、これまで数え切れないほどの仕事をこなし、常に最前線にあった。


 今回も、そんないつもの襲撃のひとつとなるはずだった。


「……何だ?」


 雷のような音だと思った。遠くから、しかし断続的に響く音が海賊たちの耳に届く。


「……鳥?」


 それはかなりの速度で迫ってきていた。


「なんだぁ、ありゃあ!?」


 ボッジスが声を荒げた。見たことがない飛翔体がポツポツと空に見えてくる。鳥やワイバーンではない。それらの羽ばたきが一回もない。

 ジョーヴェはそれが何なのか判断がつかなかった。だが一瞬、ハチのような昆虫が脳裏をよぎった。


 そしてその得体の知れない飛翔体から、何かが分離した。

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