第1194話、南海艦隊、出撃準備


『ウモ海賊団。ダヴィス湾周辺海域を縄張なわばりにしている海賊です』


 ディアマンテ・コピーからの報告によると、沿岸に沿って移動する海賊であり、その数100に迫る大船団なのだそうだ。もっとも、大半は小型船ではあるが。


 そういう海賊団がいるという話は南方領を治めることになった後、小耳に入れていた。それがいよいよ、ヴェリラルド王国南方領にやってきたのだろう。この辺りを拠点にしていた海賊を蹴散けちらした後だから、その隙を狙ってきたのかもしれない。


「お義父さん、ちょっとよろしいですか?」


 食後にゆったり過ごそうとしていたエマン王に声をかけておく。海賊団がやってきますよ、と。


「南海艦隊は、このウモ海賊団を掃討そうとうします」

「我らが国土への攻撃を許すわけにはいかぬ。やれるか?」

「はっ、蹴散らします」

「うむ。ジンよ、私も行くぞ」

「はい……?」


 南海艦隊の出撃に同行すると仰せか。


「よろしいのですか?」

「そのウモとかいう海賊団は、以前にも報告を受けておる。当時の領主の軍も奮戦はしたが煮え湯を飲まされておる。ここらで連中には鉄槌を下さねばならぬ。……お前の南海艦隊の実力も見ておきたいしな」

「承知いたしました、陛下」


 俺は臣下としての口調に切り替えた。


「では、ささやかな休日はここまでと致しましょう」


 そんなわけで、皆には俺とエマン王が海賊退治に出かける旨を伝える。皆はここでゆっくりバカンスを――


「わたくしも行きますわ!」


 フィレイユ姫が誰よりも早く手を挙げた。


「ジン様やお父様が向かわれる戦場、わたくしも見ておきたいのです! アーリィー姉様も行かれるのでしょう?」

「う、うん」


 アーリィーがコクコクと頷いた。来るつもりだったらしい。

 エマン王は俺に言った。


「連れていっても大丈夫かね?」

「観戦だけでしたら問題ないかと。いざとなれば白亜屋敷に転移させます」

「結構」


 話は決まった。

 そんなわけで俺たちはポータルネットワークを利用。これはひとつのポータルの出入り口から複数のポータルの繋がった魔法通路を通って、任意の出入り口を選ぶことができるというものだ。


 行き先はタリスマン軍港。ザントランクにあった海軍拠点を移設し、建造された南海艦隊の母港である。

 ポータルであっという間の移動。ノルテ海のクラーケン軍港に匹敵する大軍港には、すでに南海艦隊に所属する各艦艇が配備されている。


 これらは機械文明ことテラ・フィデリティア式の魔力建造により早期建造されており、就役から間もない新造艦ばかりである。


「うわぁ、大きいですわっ!」


 フィレイユ姫が停泊する巨艦の群れに興奮を露わにする。エマン王もまた、実物の水上艦艇に目を細める。

 俺はその中で1隻の軍艦を指し示した。


「あちらが、今回、陛下も座乗する南海艦隊旗艦となります」


 全長251メートル、全幅32.2メートル。基準排水量4万4000トンの戦艦である。

 40.6センチ三連装プラズマカノンを3基9門を主砲とし、前に2基、後ろに1基のオーソドックスなスタイルだ。


 空中航行型の量産戦艦ドレッドノート級をベースにしているため、海の上を行く水上艦としての機能を重視した点を除けば、多くの面で類似点が見られる。

 塔状の艦橋は、どこか旧日本海軍の戦艦を思わせる。


「戦艦『薩摩さつま』です」

「サツマ……」


 旧海軍の戦艦名から拝借させてもらった。俺たちはタラップから戦艦『薩摩』に乗艦した。


「ようこそ、サツマへ。エマン王陛下、トキトモ侯爵閣下」


『薩摩』艦長である山房さんぼう大佐と乗組員たちが整列し、俺やエマン王を出迎えた。なお、艦長をはじめ、クルーはすべてシェイプシフター兵である。

 海軍式敬礼に俺も答える。


「ご苦労、艦長。タリスマン軍港司令部からの命令は聞いているな?」


 ディアマンテ・コピーが管理しているタリスマン軍港である。その司令部にあるコアに、俺は海賊団迎撃の任務を発令させたのだ。


「はい、閣下。南海艦隊は出港準備を整えております。いつでも出撃可能です」

「では、艦隊を出港させよう。それと――」


 俺はエマン王を一瞥いちべつした。


「国家元首の座乗である。マストに国王陛下の旗を掲げろ」

「はっ、承知いたしました」


 艦橋の後ろにあるマストには、俺のところの旗とヴェリラルド王国旗がたなびいていた。そこにエマン王の紋章入りの旗が掲揚けいようされた。

 フィレイユ姫は相変わらず物珍しさにキョロキョロしていて、それをアーリィーやサキリスが見守りホッコリしている。


 なお、サーレ様は別荘にてお留守番だったりする。せっかく来たのに、ほとんどすれ違いである。

 さて、艦橋に上がる前に、俺はいそいそとウィリディス軍服に着替える。エマン王も、自分も普段の国王の服装ではなく、ウィリディス式の軍服を着たいと行ったので、そちらも用意させた。


「申し訳ありません、陛下。事前に陛下用の軍服を製作しておくべきでした」

「いや、私も今回は飛び入りだからな。お前が気にすることではない」


 従者らが手早く着替えさせ、エマン王は現代風の衣装に身を包む。


「どうかね?」

「海軍軍服は人をスマートに見せると言われますが、よくお似合いです、陛下」


 だが王冠は軍服に合わないと思う。

 鏡で確認し、そのミスマッチさが気になったか、エマン王は王冠をはずし、軍帽に変えた。


「よろしいのですか?」

「私がここにいるのは非公式だからな。皆には内緒だ」

「承知しました」


 重臣たちが見たら騒ぐんだろうな。王冠を外すなんて。まあ、とやかく言う者はここにはいないが。言わなきゃバレないってやつ。


「さて、またお前の戦いぶりを拝見させてもらうよ」


 エマン王は軍帽の位置を直した。


「私は口出しは控える。やってみせい」

「お任せあれ」


 俺とエマン王は艦橋へと移動した。船というのは通路が狭い。急角度の階段の上り下りは王様にはしんどいようだった。なので、艦橋でも低い位置にある司令塔へと向かった。

 司令塔の窓を見れば、すでに艦が動き出しているのがわかる。陸地を離れて、4万4000トンの巨艦はダヴィス湾へとその航跡を刻んだのである。

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